「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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沈まぬ太陽

著者は最近 Amazon の prime 会員になった。昨年、家内が脳梗塞になり効き腕の右が不自由で1人では普段の買い物に行けなくなってしまった。生協を活用して宅配してもらっているが、生協では購入できないものもある。そこでインターネットによる購入が増えた為、配送料を節約するのが目的。prime 会員になると映画・テレビドラマが無料で観ることが出来る。時間つぶしに時々視聴している。今、『沈まぬ太陽』(WOWOW)を鑑賞中。

『沈まぬ太陽』は、1995年から1999年に週刊新潮で連載された山崎豊子による3編に亘る長編小説である。日本航空と、実在する同社社員で同社の労働組合役員である人物の体験に基づいて脚色、再構成されたフィクション社会派作品 。単行本・文庫本は700万部を売り上げ、2009年には、映画化された。さらに2016年、WOWOWにてテレビドラマ化された。出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

作品概要
日本のナショナル・フラッグ・キャリアである国民航空の社員で同社の労働組合委員長を務めた恩地元と彼を取り巻く人々の描写を通して、人の生命にかかわる航空会社の社会倫理を表現した作品。日本航空とその元社員である小倉寛太郎、単独機の事故として史上最悪の死者を出した日本航空123便墜落事故(御巣鷹山に墜落)などがモデルとされている。実在の複数の人物が登場人物のモデルとなったとの推測があるが、山崎豊子は公式には認めていない。

本作は、<アフリカ篇><御巣鷹山篇><会長室篇>の3編からなる。著者は現時点では<アフリカ篇>のみ鑑賞済み。

<アフリカ篇>
作中の現在は1971年(昭和46年)11月13日午後(ケニア時間)より。
国民航空ナイロビ(ケニアの首都)営業所に勤務する恩地を中心に物語は進行する。国民航空の労働組合委員長として経営陣と対立した結果、カラチ、テヘラン、そしてナイロビの足掛け8年に亘る「現在の流刑」にも等しい左遷人事に耐える中で、母親と死別し、家族と別れることになった経緯と作中の現在に至るまでが、回想形式で描かれる。一方、大学の同輩であり組合の副委員長として恩地を蔭ながら支えてきた行天四郎は、堂本常務の言葉によって恩地と袂を別ち、出世街道を歩むこととなる。

カラチ(パキスタン)、テヘラン(イラン)、そしてナイロビは何れも日本企業が多く進出していた場所でもある。日本のナショナル・フラッグ・キャリアである国民航空とは現在の「JAL」。著者も始めて渡米した1968年(昭和43年)も勿論羽田からJALだった。帰国時、空港に行ってみると、荷物が制限重量を大幅に超過していた。JALは規定通り制限オーバーの部分について支払えと譲らなかった(超過1キロにつき1等航空運賃の3%!!)。ナショナル・フラッグ・キャリアとしての矜持だったのであろう。仕方なく、あるアメリカの飛行機会社と空港のカウンターで交渉したところ、こちらは異常に「flexible」で、「目をつぶる」ということだったのでJALのカウンターで航空券に「endorse」してもらってアメリカの飛行機で帰ってきた。

当時JALのスチュワーデスといえば「高嶺の花」的存在だったが、アメリカの国内便に乗って日米の落差にビックリした記憶がある。ドラマの中でもスチュワーデスが待遇に嘆く場面が出てくる。

著者が海外人事課長の時には、英語が不得手な人が海外出張する際には「英語で困ったら飛行場のJALのカウンターに行け」とアドバイスした。「JAL」の「地位」は高かったのである。

<アフリカ篇>で日本からの出張者を迎えて現地で働く日本人社員全員と食事を共にする場面では昔の何とも言えない様々な記憶が甦った。一言で言えば、当時の大半の駐在員は「孤独」と「様々な思い」を抱えつつ戦っていた企業戦士だったのである。

嗚呼玉杯に花うけて

昨日のブログで今年の東大の入学式における上野千鶴子さんの祝辞を取り上げました。この祝辞は世間の話題になっており「解決策が示されていない」とか「上から目線」といった批判もあるようです。「上から目線」と言えば一高(現在の東大)の寮歌である「嗚呼玉杯に花うけて」の歌詞は、今聴けば「上から目線」そのものです。(著者注:「嗚呼玉杯に花うけて 緑酒に月の影やどし 治安の夢に耽りたる」は次の「榮華の巷」を修飾しており決して一高生のことではありません。「向ヶ岡」は東京都文京区にある現在の農学部のある場所)

1、嗚呼玉杯に花うけて   緑酒に月の影やどし
  治安の夢に耽りたる    榮華の巷低く見て
  向ヶ岡にそゝりたつ   五寮の健兒意氣高し

2、芙蓉の雪の精をとり   芳野の花の華を奪ひ
  清き心の益良雄が    劔と筆とをとり持ちて
  一たび起たば何事か   人生の偉業成らざらん

3、濁れる海に漂へる    我國民を救はんと
  逆巻く浪をかきわけて  自治の大船勇ましく
  尚武の風を帆にはらみ  船出せしより十二年

4、花咲き花はうつろひて  露おき露のひるがごと
  星霜移り人は去り    梶とる舟師(カコ)は變るとも
  我のる船は常へに    理想の自治に進むなり

5、行途(ユクテ)を拒むものあらば  斬りて捨つるに何かある
  破邪の劍を抜き持ちて  舳に立ちて我よべば
  魑魅魍魎(チミモウリョウ)も影ひそめ   金波銀波の海静か

「自治の理想と救国の使命に燃えるエリートの心意気を歌っている」というのはウイッキペデイアの解説。「上から目線」と批判はしていません。上野さんの祝辞も対象を考えれば、著者は素晴らしい祝辞であったと思います。

「エリート」には「エリートの果たす義務がある」という意味で「ノブレス・オブリージュ」と言う言葉が使われます。「ノブレス・オブリージュ」とは、直訳すると「高貴さは強制する」を意味し、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には義務が伴うことを指します(ウイッキペデイア)。 「嗚呼玉杯に花うけて」もある種の「ノブレス・オブリージュ」を歌っています。昨今の東大生が官僚を敬遠し、給与が高く、直ぐ自分の実力が目に見える仕事を選ぶ傾向にあるとの報道が聞こえてきます。

上野さんは『あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。』と訴えましたが、最近は「自分が勝ち抜くためだけに使っている人」が増えてきたのではないかと危惧しています。アメリカではお金がないといい大学に入れません。いい大学に入れないといい仕事につけません。東大も親にお金がないと入り難い大学になったようです。著者も東大卒ですが、今年東大に入学した方々には、どうか「感謝の念」を忘れずに1日1日過ごして欲しいと思います。

恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。

社会学者として著名な上野千鶴子さんが今年の東大の入学式で講演されたが、評判になっているようです。いい話なので全文をご紹介します。そして敢えてコメントもしません。表題の「貶める」は「おとしめる」と読み「劣ったものとして扱う。見くだす。さげすむ」の意。

『ご入学おめでとうございます。あなたたちは激烈な競争を勝ち抜いてこの場に来ることができました。

その選抜試験が公正なものであることをあなたたちは疑っておられないと思います。もし不公正であれば、怒りが湧くでしょう。

が、しかし、昨年、東京医科大不正入試問題が発覚し、女子学生と浪人生に差別があることが判明しました。

文科省が全国81の医科大・医学部の全数調査を実施したところ、女子学生の入りにくさ、すなわち女子学生の合格率に対する男子学生の合格率は平均1.2倍と出ました。

問題の東医大は1.29、最高が順天堂大の1.67、上位には昭和大、日本大、慶応大などの私学が並んでいます。1.0よりも低い、すなわち女子学生の方が入りやすい大学には鳥取大、島根大、徳島大、弘前大などの地方国立大医学部が並んでいます。

ちなみに東京大学理科3類は1.03、平均よりは低いですが1.0よりは高い、この数字をどう読み解けばよいでしょうか。統計は大事です、それをもとに考察が成り立つのですから。

女子学生が男子学生より合格しにくいのは、男子受験生の成績の方がよいからでしょうか?

全国医学部調査結果を公表した文科省の担当者が、こんなコメントを述べています。「男子優位の学部、学科は他に見当たらず、理工系も文系も女子が優位な場合が多い」。

ということは、医学部を除く他学部では、女子の入りにくさは1以下であること、医学部が1を越えていることには、なんらかの説明が要ることを意味します。

事実、各種のデータが、女子受験生の偏差値の方が男子受験生より高いことを証明しています。

まず第1に女子学生は浪人を避けるために余裕を持って受験先を決める傾向があります。

第2に東京大学入学者の女性比率は長期にわたって「2割の壁」を越えません。今年度に至っては18.1%と前年度を下回りました。

統計的には偏差値の正規分布に男女差はありませんから、男子学生以上に優秀な女子学生が東大を受験していることになります。

第3に、4年制大学進学率そのものに性別によるギャップがあります。2016年度の学校基本調査によれば4年制大学進学率は男子55.6%、女子48.2%と7ポイントもの差があります。

この差は成績の差ではありません。「息子は大学まで、娘は短大まで」でよいと考える親の性差別の結果です。

最近ノーベル平和賞受賞者のマララ・ユスフザイさんが日本を訪れて「女子教育」の必要性を訴えました。それはパキスタンにとっては重要だが、日本には無関係でしょうか。

「どうせ女の子だし」「しょせん女の子だから」と水をかけ、足を引っ張ることを、aspirationのcooling down、すなわち意欲の冷却効果と言います。

マララさんのお父さんは、「どうやって娘を育てたか」と訊かれて、「娘の翼を折らないようにしてきた」と答えました。そのとおり、多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのです。

そうやって東大に頑張って進学した男女学生を待っているのは、どんな環境でしょうか。

他大学との合コン(合同コンパ)で東大の男子学生はもてます。

東大の女子学生からはこんな話を聞きました。「キミ、どこの大学?」と訊かれたら、「東京、の、大学...」と答えるのだそうです。なぜかといえば「東大」といえば、ひかれるから、だそうです。

なぜ男子学生は東大生であることに誇りが持てるのに、女子学生は答えに躊躇するのでしょうか。

なぜなら、男性の価値と成績のよさは一致しているのに、女性の価値と成績のよさとのあいだには、ねじれがあるからです。

女子は子どものときから「かわいい」ことを期待されます。ところで「かわいい」とはどんな価値でしょうか?

愛される、選ばれる、守ってもらえる価値には、相手を絶対におびやかさないという保証が含まれています。だから女子は、自分が成績がいいことや、東大生であることを隠そうとするのです。

東大工学部と大学院の男子学生5人が、私大の女子学生を集団で性的に凌辱した事件がありました。加害者の男子学生は3人が退学、2人が停学処分を受けました。

この事件をモデルにして姫野カオルコさんという作家が『彼女は頭が悪いから』という小説を書き、昨年それをテーマに学内でシンポジウムが開かれました。(著者注:登壇した作者の姫野カオルコさんは「これは東大の方に向けた本ではなく、一般の方に向けた本」「実在する人物に引っ張られずに書くのに苦労した」と話をするなど「創作」であることを強調しました)。

「彼女は頭が悪いから」というのは、取り調べの過程で、実際に加害者の男子学生が口にしたコトバだそうです。この作品を読めば、東大の男子学生が社会からどんな目で見られているかがわかります。

東大には今でも東大女子が実質的に入れず、他大学の女子のみに参加を認める男子サークルがあると聞きました。

わたしが学生だった半世紀前にも同じようなサークルがありました。それが半世紀後の今日も続いているとは驚きです。

この3月に東京大学男女共同参画担当理事・副学長名で、女子学生排除は「東大憲章」が唱える平等の理念に反すると警告を発しました。

これまであなたたちが過ごしてきた学校は、タテマエ平等の社会でした。偏差値競争に男女別はありません。

ですが、大学に入る時点ですでに隠れた性差別が始まっています。社会に出れば、もっとあからさまな性差別が横行しています。東京大学もまた、残念ながらその例のひとつです。

学部においておよそ20%の女子学生比率は、大学院になると修士課程で25%、博士課程で30.7%になります。

その先、研究職となると、助教の女性比率は18.2、准教授で11.6、教授職で7.8%と低下します。これは国会議員の女性比率より低い数字です。

女性学部長・研究科長は15人のうち1人、歴代総長には女性はいません。

こういうことを研究する学問が40年前に生まれました。女性学という学問です。のちにジェンダー研究と呼ばれるようになりました。

私が学生だったころ、女性学という学問はこの世にありませんでした。なかったから、作りました。

女性学は大学の外で生まれて、大学の中に参入しました。4半世紀前、私が東京大学に赴任したとき、私は文学部で3人目の女性教員でした。そして女性学を教壇で教える立場に立ちました。

女性学を始めてみたら、世の中は解かれていない謎だらけでした。

どうして男は仕事で女は家事、って決まっているの?主婦ってなあに、何する人?ナプキンやタンポンがなかった時代には、月経用品は何を使っていたの?日本の歴史に同性愛者はいたの?

...誰も調べたことがなかったから、先行研究というものがありません。ですから何をやってもその分野のパイオニア、第1人者になれたのです。

今日東京大学では、主婦の研究でも、少女マンガの研究でもセクシュアリティの研究でも学位がとれますが、それは私たちが新しい分野に取り組んで、闘ってきたからです。そして私を突き動かしてきたのは、あくことなき好奇心と、社会の不公正に対する怒りでした。

学問にもベンチャーがあります。衰退していく学問に対して、あたらしく勃興していく学問があります。

女性学はベンチャーでした。女性学にかぎらず、環境学、情報学、障害学などさまざまな新しい分野が生まれました。時代の変化がそれを求めたからです。

言っておきますが、東京大学は変化と多様性に拓かれた大学です。わたしのような者を採用し、この場に立たせたことがその証です。

東大には、国立大学初の在日韓国人教授、姜尚中さんもいましたし、国立大学初の高卒の教授、安藤忠雄さんもいました。また盲ろうあ三重の障害者である教授、福島智さんもいらっしゃいます。

あなたたちは選抜されてここに来ました。東大生ひとりあたりにかかる国費負担は年間500万円と言われています。これから4年間すばらしい教育学習環境があなたたちを待っています。

そのすばらしさは、ここで教えた経験のある私が請け合います。

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。

ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。

そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。

あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。

あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。

恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。

そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください。

女性学を生んだのはフェミニズムという女性運動ですが、フェミニズムはけっして女も男のようにふるまいたいとか、弱者が強者になりたいという思想ではありません。フェミニズムは弱者が弱者のままで尊重されることを求める思想です。

あなた方を待ち受けているのは、これまでのセオリーが当てはまらない、予測不可能な未知の世界です。

これまであなた方は正解のある知を求めてきました。

これからあなた方を待っているのは、正解のない問いに満ちた世界です。

学内に多様性がなぜ必要かと言えば、新しい価値とはシステムとシステムのあいだ、異文化が摩擦するところに生まれるからです。

学内にとどまる必要はありません。東大には海外留学や国際交流、国内の地域課題の解決に関わる活動をサポートする仕組みもあります。未知を求めて、よその世界にも飛び出してください。

異文化を怖れる必要はありません。人間が生きているところでなら、どこでも生きていけます。

あなた方には、東大ブランドがまったく通用しない世界でも、どんな環境でも、どんな世界でも、たとえ難民になってでも、生きていける知を身につけてもらいたい。

大学で学ぶ価値とは、すでにある知を身につけることではなく、これまで誰も見たことのない知を生み出すための知を身に付けることだと、わたしは確信しています。

知を生み出す知を、メタ知識といいます。そのメタ知識を学生に身につけてもらうことこそが、大学の使命です。

ようこそ、東京大学へ。』
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