「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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fly the coop

「co-op」は「生協」の意ですが、「coop」の発音は [ku:p]で「(ニワトリ・ウサギ用の)囲いかご」を意味し、このイメージから「狭苦しい所」「刑務所」を意味することもあります。

「fly」はここでは他動詞で「・・・から逃げる」の意です。「fly the country」は「亡命する」の意。

「fly the coop」は「脱獄する」「とんずらする」「束縛から逃れる」の意になります。

ところで、ニワトリは空を飛ぶことを知っていましたか?野生の二ワトリが空を飛ぶ映像をネットで観たことがあります。羽は空を飛ぶためについているので、当たり前と言えば当たり前です。

Eighty(80) is the new 60.

著者は今年80才を迎えます。しかしまだまだ元気です。「今の80才はかっての60才」の感覚でしょうか。

英語のこの言い方は広く応用が効く便利なものです。
Sugar is the new tobacco.(砂糖は今ではタバコと同じくらい危ないとされる)
Salt is the new sugar.
Flat is the new up.(かっての右肩上がりの成長は見込めなくなったので「横ばい」はかっての「成長」に相当する、の意)

Samuel Ullmanの、あの有名な「青春」を掲載しておきます。いつまでも精神的には青年でいたいものです。

Youth

Youth is not a time of life ; it is a state of
mind ; it is not a matter of rosy cheeks, red
lips and supple knees ; it is a matter of the
will, a quality of the imagination, a vigor of
the emotions ; it is the freshness of the deep
springs of life.

Youth means a temperamental predominance
of courage over timidity of the appetite, for
adventure over the love of ease. This often
exists in a man of sixty more than a boy of
twenty. Nobody grows old merely by a number
of years. We grow old by deserting our
ideals.

Years may wrinkle the skin, but to give up
enthusiasm wrinkles the soul. Worry, fear,
self‐distrust bows the heart and turns the spirit
back to dust.

Whether sixty or sixteen, there is in every
human being's heart the lure of wonder, the
unfailing child‐like appetite of what's next,
and the joy of the game of living. In the
center of your heart and my heart there is a
wireless station; so long as it receives messages
of beauty, hope, cheer, courage and power
from men and from the Infinite, so long are
you young.

When the aerials are down, and your spirit is
covered with snows of cynicism and the ice
of pessimism, then you are grown old, even at
twenty, but as long as your aerials are up, to
catch the waves of optimism, there is hope you
may die young at eighty.

安倍首相の「excuse(いい訳)」の何故

首相のご飯論法に代表される「強弁」や「いい訳」が目立ちます。ここまで来ると「性分」としか言いようがないようにも思われます。

アメリカで、宿題を忘れた子どもの言い訳の最たるものは「My dog ate it.」だそうです。フィリピンのマルコス大統領夫人はマラカニアン宮殿の彼女のクロゼットで靴が3000足見つかった時は「Everybody kept them there. The maids … everybody.」と言ったとか。

安倍首相の場合は彼の生い立ちと関係があるかも知れません。

安倍首相のお母さんは岸信介の娘(父は政治家)。3人兄弟で首相は次男。3男は幼少の時に岸家と養子縁組して岸家の後取りとなりました。最初は長男が政治家としての安倍家を継ぐ予定でしたが、本人が政治家はどうしても嫌ということで次男にお鉢が回ってきたようです。政治家にありがちなことですが、両親不在で女中さんに育てられたようです。母親の関心は長男に行きやすく、次男は母親の愛情を得ようと、いたずらはするし嘘をついて大人を愚弄する手のかかる子どもだったようです。ようやく母の関心と愛情を手に入れた彼が手本・目標としたのは祖父の岸信介であり、田中角栄一家がそうであったように家族以外は「敵」か「味方」か「家来」のどれかでしかなかったという環境で育ったことが多いに影響していると思われます。

森友問題の時は「もし私や私の家内が関わっていたら首相をやめる」と啖呵を切ったことで傷口を広げました。桜を見る会の前夜祭問題では「法」の世界では到底受け入れられない論理を展開して「入口」で食い止めようとしています。弁護士さんたちに既に告発されているし、更に3月には次の弁護士さんたちが告発すべく準備を進めているようですが、実際に裁判になったとしても決着までには時間がかかるので、政治家としては逃げ切れるとの計算でしょうか。後は野となれ山となれ、では困るのですが。
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