「ポツダム宣言受諾」は即「戦争の終結」ではなかった

ポツダム宣言受諾は「戦争状態は終わらせる」「戦闘をやめる」ということですが、きちんと「降伏の調印」をするまでは、戦争そのものは完全に終結していません。それを、日本は実ははっきりしらなかった、と半藤は言っています。これを利用したのがソ連でした。無知であった日本は8月17日、大元帥陛下の命令にしたがって、関東軍も武器を投じて無抵抗になりました。それでいいと思ったのです。そこへソ連軍が攻めてきて、悲惨な犠牲者を限りなく出すことになりました。戦死8万人、57万人余が捕虜(?)としてシベリアに送られ、何年も労働をさせられて無事引き揚げてこられたのは47万余でした。一般民間人で満州でなくなったのは18万人余。引き上げでもさんざんの苦労をせねばなりませんでした。

スターリンは8月16日にはトルーマンに親展極秘の一書をしたためましたが、その中で北海道の北半分をソ連領にすることを要求していました。トルーマンが真っ向から否定してくれたお蔭で、日本はドイツのような分割は免れました。

半藤は、最後に「何とアホな戦争をしたものか、その一言につきる」と結んでいます。