昭和史20年の教訓(1)

昭和20年までの歴史は、明治維新から日露戦争までに築いてきたものを、すべて失うという、無残にして徒労な時代でした。日本の死者は、最近の調査では約310万人だそうです。これだけの死者が20年間の昭和史の結論である、と半藤さんは書いています。

昭和史20年の教訓として半藤さんは5つを挙げています。よく「歴史に学べ」といわれます。歴史は反省の材料を提供してくれたり、日本人の精神構造の欠点も指摘してくれますので1つずつ取り上げてみたいと思います。

国民的熱狂をつくってはいけない。その国民的熱狂に流されてはいけない
マスコミに煽られ、いったん燃え上がってしまうと熱狂そのものが権威をもちはじめ、不動のもののように引っ張ってゆき、流してきた、と半藤さんは言っています。対米戦争を導くと分かっていながら、なんとなしに三国同盟を結んでしまいました。良識ある海軍軍人はほとんど反対であったと思われるのに、それがあっという間に、あっさり賛成に変わってしまったのは、まさに時の勢いであった、と半藤さんは書いています。また、純軍事的に検討すれば対米英戦争など勝つはずのない戦争を起こしてはならなかったのに、このまま意地を張ると国内戦争が起こってしまうのではないか、などの妙な考えが軍の上層部だけでなく、天皇にも影響を与えていた(昭和天皇が『独白録』の中で「私が最後までノーとと言ったならばたぶん幽閉されるか、殺されるかもしれなかった」という意味のことを語っているとのこと)、と言う趣旨のことを半藤さんは書いています。

長年会社勤めを経験したことがある方なら、どうもこんなことはおかしいと多くの人が思っているのに、時の流れに流されていった経験が一度はあるのではないでしょうか。ワンマン的な会社にその傾向が強いのではないでしょうか。日本の場合は「二・二六事件」を契機として軍部に対する恐怖みたいなものが国民の底流にあったのではないかと、著者は母からの聞き取りで感じています。一旦流れが出来てしまうと、「異端は排除される」傾向が強いので、流れが止まらなくなるのだと思います。戦後、日本の良識のような顔をしているマスコミ、文化人たちの当時の言動を振り返ってみると、日本人は一旦国民的熱狂を作ってしまったら流される傾向が強いので、「国民的熱狂をつくらない」仕組みが必要かと思います。熱く燃えるのもいいですが、リスクの高い民族だと思います。結果として「外圧」でしか止まらないのだと思います。