昭和史20年の教訓(2)

最大の危機において日本人は抽象的な観念論を非常に好み、具体的な理性的な方法論をまったく検討しようとしないということ。


日本人は自分にとって望ましい目標をまず設定し、実に上手な作文で壮大な空中楼閣を描くのが得意である、と半藤さんは書いています。

ソ連が満州に攻め込んでくることが目に見えていたにもかかわらず、攻め込まれたくない、今こられると困る、と思うことがだんだん「いや、攻めてこない」「大丈夫、ソ連は最後まで中立を守ってくれる」というふうな思い込みになる、と半藤は言っています。情勢をきちんと見れば、ソ連が国境線に兵力を集中し、さらにシベリア鉄道を使ってどんどん兵力を送り込んできていることはわかったはずだ、とも書いています。

昭和16年11月15日の大本営政府連絡会議では、戦争となった場合の見通しについて討議しました。ここで決定された戦争終結の腹案は、要するにドイツがヨーロッパで勝つ、そうすればアメリカが戦争を続けていく意欲を失う、だから必ずや栄光ある講和に導ける、とうものであった、と半藤さんは言っています。

著者は「心配性」の方ですから、個人的にはこの指摘はあまりピンときませんが、抽象的な言葉で大くくりされると、具体的な理性的な方法論が埋没してしまうということは組織の中ではよく起こることです。今「密約」問題が話題になっていますが、「核を持たず、作らず、持ち込ませず」の「非核三原則」とくくられてしまうと庶民は納得してしまいますよね。現実には事はそんなに簡単ではなく、密約が存在しました。我々庶民もイヤなことから目を背けないで取り組む覚悟が必要ですね。