「文芸春秋」の新年特別号で表記の大アンケートが組まれている。日本の低迷をまねいた分岐点はいつかを識者30人が抉るというものです。夫々の方々が自分の関心のある分野で意見を述べておられるようですので、指摘されたことが多岐に亘っており、戦後を生きてきた著者も頷けるものもあります。著者の感想も交えつつご年末・年始に亘って紹介します。1回目は全てがご破算になった日本の敗戦に関するものを集めてみました。田中康夫新党日本代表も作家ですから、このテーマを扱ったのが全員作家というのも面白いです。

(1) 無条件降伏という過誤―1945年8月(石原慎太郎:作家、東京都知事)
(2) 「最悪の金曜日」―1940年9月13日(半藤一利:作家)
(3) 粉飾データによる決定―1941年(猪瀬直樹:作家、東京都副知事)
(4) 北方領土痛恨の失敗―1951年(佐藤優:作家)
(5) なぜハルノートに激高したのか―1941年(保坂正康:ノンフィクション作家)
(6) 「詔勅必謹(しょうしょうひっきん)」の深意を忘れた日本人―1945年(田中康夫:新党日本代表)

(1) は、無条件降伏の所産は、占領支配者が短期間で作成した奇体な憲法の受け入れと、日本の近代史を全て否定し自己嫌悪を造成する教育の徹底だったと主張している(ドイツは/祁法はドイツ人自身が作る教育の指針はあくまでドイツ人自身が決めるという条件をつけたとのこと)。そして、支配者への安易な依存を未だに続けるならば、収奪されつくした末に我々はまた他の新しい支配者に従属しその支配を受けることにもなりかねない、と警告している。筆者は、新憲法がいかに素晴らしいものであるかという授業だったように記憶し、その後も基本的にはそのベース(現憲法の肯定)で生きてきたように思うので、石原説に従えば「洗脳」されていたことになる。
(2) は、1940年9月13日に海軍のトップ会議で大した議論もなく及川海相の「もうやることにしてはどうかね」の一言で、みんながうなずいておしまいになり、日独伊三国同盟参加が決まったと書いている。事実は、戦備を整えるための軍需資材や予算などで海軍を優先させることを、陸軍があっさりのんだゆえに、海軍は三国同盟に賛成した。つまり物資獲得のために海軍は精神を売ったのである。山本五十六聯合艦隊司令長官は1か月後に天を仰いで吐き棄てた。「実に言語道断だ。(中略)東京あたりは三度ぐらいまる焼けにされて、非常にみじめな目に会うだろう(後略)」と予言した。著者は「陸軍=泥臭くて悪い人、海軍=スマートで良い人」のイメージをもっていたので、この指摘にはショックを受けた(著者の高校生の頃の夢は外国航路の船長になることだったのだ)。
(3) は、日米開戦再検討のための大本営・政府連絡会議(「ハル・ノート」より1か月前)で、南方油田を占領することで戦争の継続は可能だとするデータが出されたが、その期待産油量に粉飾があったと述べている。自分の国が滅びるかもしれない事態なら正確なデータに依るべきだったであろう。これを現在に当てはめてみると、国家でなく陸軍の都合、海軍の都合と同じく、各省の都合、各党の都合、各派閥の都合、会社の都合、・自分の都合が優先されているのと同じ構図だ。
(4) は、サンフランシスコ平和条約締結時(1951年)に「歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島は放棄していない」と明確に宣言しておくべきだった、という主張。
(5) 険悪な雰囲気になりつつあった日米関係の局面打開を図る外交交渉は昭和16年4月に始まったが、その前に民間ルートによる根回しが行われていた。この民間ルートで交渉の前提になる日米諒解案が作成されたが、実はこの案はアメリカ側が諒解していたものではなく、交渉にあたったアメリカ側の二人の神父のトリックだったというもの。願望が事実にすり変わったもので、基点が曖昧な日米交渉はやがてハルノートで瓦解する。安易に願望を事実と思い込む日本人の気質をよく表した例だ。
(6) 「詔勅必謹(聖徳太子の十七条憲法の第三条)」は「詔を承けては必ず謹め(書下し文)」「天皇の詔勅が下ったなら、必ず謹んで承らねばならぬ(現代語訳)」のこと。田中氏は、本来「承る=拝聴する」の意味合いであったものを、日本人はいつの間にか忘れ去り「天皇の命を受けたら必ずそれに従え」と拡大解釈されたため本日の悲劇があると主張している。10月25日の衆議院の郵政改革特別委員会での氏の発言と内容は同一。天皇の詔勅は「終戦の詔勅」を以って途絶え、それ以降はマッカーサー、続いてアメリカの言うことが「天皇の詔勅」に取って代わった、そして日本は「歪な独立国」の道を歩み始めたというのが氏の主張。

広辞苑によると「承る」は (1) 謹んで受ける (2) 謹んで承諾する (3) 謹んで聞く。(4) 様子を聞く、伝聞する、を意味する。

「風が吹けば桶屋が儲かる」という理屈と同じように説得力は乏しい、というのが著者の感想。

「風が吹けば桶屋が儲かる」という理屈:これで笑って良いお年を。
(1)風で土埃が立つ
(2)土埃が目に入って、盲人が増える
(3)盲人は三味線を買う(当時の盲人が就ける職に由来)
(4)三味線に使う猫皮が必要になり、ネコが殺される
(5)ネコが減ればネズミが増える
(6)ネズミは桶をかじる
(7)桶の需要が増え、桶屋が儲かる