明けまして、おめでとうございます。今回の「日本はどこで間違えたか」は日本人の心を扱ったものを集めてみました。

(1)不条理を忘れた驕りー1973年(曽野綾子:作家)
(2)勤勉を捨てた日―バブル期(菅原文太:俳優)
(3)金と共に去りぬ―1980年代後半(橋本治:作家)

(1) については、日ごろ家内と一緒に日本の昨今の風潮を嘆いている心情に近いので、著者の心情代弁として詳しく紹介させて頂きます。

『まだ東日本大震災の復興のめどもたっていない時に、こういうことを言うのは不心得とは自覚しつつ、幼時に大東亜戦争を体験した者としてある種の感慨を述べたい』とした上で次のように述べておられる。

『昨今、多くの人たちが、3月11日以来人世観が変わったと言うが、私は戦争の時の方がはるかに厳しい地獄を見たと思っている。(中略)非戦闘員を巻き込んだ東京大空襲では、一夜にして十万人が死んだ。国家が個人の不幸を補償してくれる、などという発想は全くなかった。この人生にはれっきとした不合理、不運、残酷な死があることを始終見せつけられていた。現在でも、実態はそれほど変わっていないと私は思うのだが、誰もが「安心して暮らせる生活」が現世にはあると思うほど甘くなった。地震や災害に対して被災者に政府から災害弔慰金が出るようになったのは1973年。災害で住宅が全壊するなどした人に対して被災者生活支援制度により支援金が出るようになったのは1998年からだが、いずれも遡っては支給されていない。災害を受けた人の苦労が減ることに関して、私もまた異論を唱えるものではないが、それでも人々が、自然災害、不運などの結果を現世で承認せず、補填されることも期待するようになったのは大きな意識の変化である。昔の親たちはどんなに苦労しても教科書代は自分で払った。親の犠牲を知る子供たちは学校へ行けることを幸福に思った。今では教育は国民の権利だから教科書は1969年までにすべて無料になり、その後若者の登校拒否、ひきこもり、自殺も増えた。人間の生活の中に含まれる永遠の矛盾や不幸の影を忘れたり否定したりすると、人間は舞い上がり不満はますすます募り、その結果人間そのものを見失う、と私は思っている。』

1973年という年を振り返ってみると、前年7月に田中角栄が所謂「三角大福」戦争に勝って首相になり、9月には日中国交正常化(田中・大平訪中)、1973年は、世の中は石油危機・モノ不足・大手商社の買い占めで騒然としていました。

地震や災害に対して被災者に政府から災害弔慰金を出すようになった経緯を著者は知りませんが、田中角栄が「日本列島改造」のみならず「日本人の心」まで改造してしまったようです。

著者も災害を受けた人の苦労が減ることに関して、異論を唱えるものではありませんがが、これらのお金が全て税金で賄われることと、大災害ならお金が貰えるのに1個人のみが災害を受けた場合には貰えない(と理解していますが)という現実には違和感があります。

不条理:筋道が通らないこと。道理に合わないこと

(2)は、借金だらけの希望の乏しい社会を後世に、我が子に残すことになった淵源(注:「えんげん」と読みます。物事の成り立ってきたみなもと、根源、根本の意)は、あのバブル期に勤勉という美徳を捨てた日にある、という主張です。

(3)は、日本人の重要な判断基準である「いるか、いらないか」「似合うか、似合わないか」を、この時期に捨てて「金があるからいいじゃないか」「そんな貧乏臭いことを考えなくても」になったことが日本の間違いの始まりである、という主張です。

(2)(3)については、著者は当時海外勤務をしており、帰国したのはバブル期の後半でしたが、帰国した時の第一印象は「日本(人)は狂ったのか?!」でした。このことを指摘したら同僚に「海外ボケしたか」と笑われた経験があります。