最近、イエスには妻子があり妻はマグダラのマリアであるという説を発表した人がいましたが、キリスト教会ではイエスは生涯独身であったと捉えています。

マグダラのマリアがイエスの処刑、埋葬に立ち合ったことは書きましたが、どんな婦人だったのでしょうか。

マグダラのマリアについて4つの福音書に書かれているのは、七つの悪霊をイエスに追い出してもらったこと。磔にされたイエスを遠くから見守り、その埋葬を見届けたこと。そして、復活したイエスに最初に立ち会い、「すがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから」とイエスに窘められたこと。他の弟子たちにイエスの復活を告げ知らせるようにと言われ、他の弟子たちにイエスの復活を最初に告げたことです。このため彼女は「使徒たちへの使徒」 (the Apostle to the Apostles) と呼ばれました。彼女は「聖人」に列せられています。

『ルカによる福音書7章』
さて、あるファリサイ派の人が、一緒に食事をしてほしいと願ったので、イエスはその家に入って食事の席に着かれた。
この町に一人の罪深い女がいた。イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持って来て、38後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。イエスを招待したファリサイ派の人はこれを見て、「この人がもし預言者なら、自分に触れている女がだれで、どんな人か分かるはずだ。罪深い女なのに」と思った。そこで、イエスがその人に向かって、「シモン、あなたに言いたいことがある」と言われると、シモンは、「先生、おっしゃってください」と言った。イエスはお話しになった。「ある金貸しから、二人の人が金を借りていた。一人は五百デナリオン、もう一人は五十デナリオンである。二人には返す金がなかったので、金貸しは両方の借金を帳消しにしてやった。二人のうち、どちらが多くその金貸しを愛するだろうか。」シモンは、「帳消しにしてもらった額の多い方だと思います」と答えた。イエスは、「そのとおりだ」と言われた。そして、女の方を振り向いて、シモンに言われた。「この人を見ないか。わたしがあなたの家に入ったとき、あなたは足を洗う水もくれなかったが、この人は涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれた。あなたはわたしに接吻の挨拶もしなかったが、この人はわたしが入って来てから、わたしの足に接吻してやまなかった。あなたは頭にオリーブ油を塗ってくれなかったが、この人は足に香油を塗ってくれた。だから、言っておく。この人が多くの罪を赦されたことは、わたしに示した愛の大きさで分かる。赦されることの少ない者は、愛することも少ない。」そして、イエスは女に、「あなたの罪は赦された」と言われた。同席の人たちは、「罪まで赦すこの人は、いったい何者だろう」と考え始めた。イエスは女に、「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい」と言われた。

この女性こそマグダラのマリアです。8章で「7つの悪霊」をイエスに追い出して貰ったとあり、その7つの悪霊については諸説あるようですが、一説によれば「驕慢、強欲、淫乱、激怒、嫉妬、大食、怠惰」です。

この後、マグダラのマリアはイエスの親衛隊のリーダー格として婦人たちをまとめてイエスに従って行動します。

『マタイによる福音書28章8節』
マグダラのマリアともう一人のマリアは、安息日が終わって、週の初めの日の明け方にイエスの納められている墓に向かった。その時、大地震が起こり、墓の入り口を塞いでいた大きな石が転がり、墓の入り口が開いた。マタイによる福音書によると、それは天使の仕業であり、墓の中にはイエスの遺体はなく、天使にイエスの復活を告げ知らされた婦人たちは恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。

『ヨハネによる福音書20章16節』
しばらくしていつの間にかマグダラのマリアのそばには復活したイエスがついていたが、最初、彼女はそれがイエスだとは気づかなかった。「マリア」と呼びかけられてやっと、彼女はそうと気づいた。彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。

『ヨハネによる福音書20章17節』
そこで、イエスは自分に触れようとするマグダラのマリアに、父である神のもとへ上る前であるため、触れないようにと言われた。

「驕慢、強欲、淫乱、激怒、嫉妬、大食、怠惰」を英語で何と言うかを一例として書いておきます。
驕慢:arrogance
強欲:greed
淫乱:lecherousness
激怒:furry, rage
嫉妬:envy, jealousy
大食:gluttony, voracity
怠惰:laziness