“I have been studying English these five years.” は「英語の勉強がこれからも続くであろう」という意味があり、 “I have studied English for five years.” の方は「もうこれで一応打ち切り」という意味になることが多い。

⇒前者はその通りだと思いますが、後者は「私は今までに5年英語を勉強した」ということだけを述べているので、これだけで必ずしも「一応打ち切り」のイメージは含意しません。「だから英語が喋れます」かも知れません。前に述べたように「文脈」で「含意」が決まってきます。

“I am knowing him well.” “I am not seeing him recently.” は不可。

⇒後者は「会う」という意味で使えば可です。言葉に意味を込めるのは人ですので「進行形絶対不可」の動詞は少ないです。

“You may imagine my surprise.” の「may」は「can easily」の意になって「諸君は容易に私の驚きを察することができよう」となる。

⇒これは「may」の語源が「力がある、能力がある」の意であったことが影響していると思います。古い使い方で現在は「can」を用います。

「may」は譲歩を表す副詞節で「なるほど(・・・だが)」の意で使われることがある。
Though he may be a good scholar, he is certainly not a good teacher. (学問はできるだろうが、よい教師では断じてない)
Whoever may say so, it is not true. (だれが言おうとそれは本当ではない)
Whenever I may go, I always find him at his books. (いつ行ってみても彼は勉強している)

「may」は目的を表す副詞節で「・・・するために」の意で使われることがある。
He works hard in order that (or so that) he may succeed. (彼は成功するがために勉強する)