言葉の成り立ちを想像するのは楽しい。

「television」という言葉が始めて認知されたのは1907年のことだ(ジーニアス英和大辞典)。「television」の「tele-」は「遠い、遠距離の」の意を付与します。「telecommunication」は「(電話・ラジオ・テレビ・有線・衛星による)遠距離通信」の意。「teleconference」は「(テレビ・電話による)遠距離会議」。「-vision」は既に「ビジョン」という日本語になっています。「ビジョン」は「未来図」の意味で使われることが多いですが、英語の「vision」は「視力、視覚」「(未来を)見通す力、洞察力」「光景」「見ること」の意で使われます。「television」はこの既に存在した(初出は14世紀)「vision」に「遠い、遠距離の」の意を付与する「tele-」をくっつけたものであることは容易に想像できます。

この「vision」は「vis-」に「-ion」という名詞を作る接尾語をつけたものです。この「vis-」という語根は「見る」という意味のようです(ジーニアス英和大辞典)。それでは「visit」も「見る」と関係する言葉なのでしょうか?「visit」を調べてみるとラテン語の「visitare(繰り返し見に行く)」が語源。確かに「visit」は目的語が「人」の場合は「会いに行く」の意味になり、「場所」の場合は「観光で行く」ニュアンスですので「見る」イメージが潜在しています。

ジーニアス英和大辞典によると「advise」「evident」「revise」「view」「visa」も「vision」と同根。「advise」は「たびたび見る」が原義。「evident」は『「e-(ex-と同じで外に)」「vident(見る)」』で「外から見える」が原義。「revise」は「再び見る」が原義。「view」は直感的に「vision」と親戚であることが分かります。「visa」は初出が19世紀と比較的新しい言葉です。Google翻訳でラテン語の「visa」を英語に訳させてみたところ「seen」と出てきました。visa: an endorsement on a passport etc. showing that it has been found correct ですので言葉的には「既に然るべき人に見られて(チェックされて)入国・帰国してもよい記録」という意味なのでしょう。「visa」が「vision」と関係があるという「発見」なども楽しいものです。