映画「グリーンブック」が話題になっています。

「グリーンブック(Green Book)」は「緑の本」の意ではなく"The Negro Motorist Green Book(自動車に乗る黒人のためにグリーンが書いた本)" というガイドブックの通称です。このガイドブックの名称はのちに "The Negro Travelers' Green Book(旅行をする黒人のためにグリーンが書いた本)" に変更されました。
このガイドブックは、米国ニューヨーク市で一生を過ごした Victor Hugo Green(1892〜1960年)という黒人の郵便局員が、黒人の旅行者ために 1936〜1966年にかけて出版したものです。

米国では当時、黒人も裕福な者であればマイカーを所有するようになっていたのですが、車で旅行する黒人(非白人)は、ジム・クロウ法(Jim Crow laws)という州法に基づく人種隔離政策(各人種は平等だが入り交じるべきではないという方針)の影響もあって、次のような不都合に直面していました:
1. 食事や宿の提供を断られる
2. 自動車を修理してもらえない
3. 給油を断られる
4. 暴力を振るわれる
5. 白人しか住まない町から追い出される
6. 警察に逮捕されやすい(「マイカーは白人の特権だ。黒人のくせにマイカーに乗るのは生意気だ」という意識があった)

著者が生まれて初めてアメリカに滞在したのは1968年―1969年でした。この時はマイカーを持っていませんでしたし、主にニューヨーク・シカゴに滞在しましたので「人種差別」を特別に感じたことは記憶にありません。しかし白人と黒人とが喧嘩しているのはよく見ました。

次に滞在したサンフランシスコは多様性を認める全米1の都市でしたので特に嫌な思い出もありません。しかし息子の話によるとクラスで喧嘩が起ると理屈抜きに「白人対非白人」に別れたとのこと。駐在員である我々大人は、その意味では「そのうち自分の国に帰るお客さん」扱いだったのかも知れません。

最後に滞在したテネシー州は所謂「南部」で伝統的に「人種差別」の激しいところでした。人口24万人ほどの町に住んだ初めての日本人家族ということと工場建設のために駐在したこともあって写真入りで新聞等で取り上げられ「有名人」でしたのでそこで生活している時に「人種差別」を感じたことはありませんでしたが、息子が学校に行って最初に受けた質問が “Is your father a ninjya or something?” だったそうですので「奇異な」目で見られていた事は確かだと思います。レストランでは黒人の給仕の方が「暖かく」接してきたように思います。

映画「グリーンブック」と同じような経験が1回あります。息子が運転する車で南部の田舎を旅行した時、用心しながら食事する店を選んだのですが、あの何とも言えない「冷たい目線と空気」は今でも忘れられません。