厚労省の第三者委員会のお粗末な報告書に対しては第三者委員会報告書の格付け委員会9名全員が最低のF(Failure 又は不可)をつけた。総務省も厳しい指摘を行っている。「独立性、中立性、主体性」、自立性」が求められる「第三者委員会」のトップに厚労省の外郭団体のトップを持ってきたところで「名ばかり第三者」委員会であったことは明白。国会中継でも自分では答えられず常に後ろからアドバイスを貰っていた(見苦しい)のは「委員長」が名ばかりであったことの証明であろう。

毎月勤労統計の不正が開始されたのは2004年。東京都で500人以上の事業所は全数調査しなければならないところを3分の一しか調査せず、且つその数字を3倍すれば統計的には「正しさ」を維持できるのにやっていなかった。賃金の高い東京都のデータを一部しか調査せず、且つ補正も行わなかった結果として「賃金が低く」算定された。

「なぜ、誰のために、このような不正を行ったのか」

厚労省の第三者委員会のお粗末な報告書が「第三者による調査」を強調して死守したのが「組織的な隠蔽はなかった」である。裏を返せば「組織的な隠蔽はあった」のである。恐らく証拠となる文書は出て来ないであろう。不正の開始から15年が経ち、今も当時の状況をうかがえる公文書が保管されているとは考えにくい。そもそも、公文書を作成していない可能性すらある。

ここからは先は、ネット上で拾ったある仮説:
『毎月勤労統計の不正が開始された04年当時、小泉・竹中改革による派遣法改正で、製造業の派遣が解禁され、非正規社員の増加と合わせて、人材派遣会社の事業規模も拡大していた。雇用が不安定化する中、雇用保険の支払いを抑制したいという誘惑に、厚労省は駆られなかったのだろうか。』

毎月勤労統計の実際の調査票を見たが、極めてシンプルで、毎月勤労統計の不正が開始された04年当時、東京都で500人以上の事業所にとって給与支払い業務は既に電算化されていたであろうので、簡単なプログラムを1本組めば済んだ話なので企業側の負担は軽かったと思う。3分の一しか調査しなかったのは行政の側にあったと推論される。行政の側の手間も極めて少ない項目をインプットするだけなので、この仮説はかなり有力に思われる。「調査の手抜きをして浮いた金を流用した」説よりはるかに説得性がある。