日本の賃金が世界で大きく取り残されている。ここ数年は一律のベースアップが復活しているとはいえ、過去20年間の時給をみると日本は9%減り、主要国で唯一のマイナス(OECDによる調査)。国際競争力の維持を理由に賃金を抑えてきたため、欧米に劣後した。低賃金を温存するから生産性の低い仕事の効率化が進まない。付加価値の高い仕事への転換も遅れ、賃金が上がらない。「貧者のサイクル」を抜け出せるか。(3月19日 日経朝刊)

「貧者のサイクル」理論とは「低賃金を温存するから生産性の低い仕事の自動化・効率化が実施されず、付加価値の高い仕事へのシフトが進まない。その結果、生産性が上がらずに賃金も上がらない」というもの。

日本を代表する自動車産業など一部の企業では仕事の自動化・効率化を大いに進める一方、日本全体の低賃金に支えられて、価格の国際競争力が維持された結果大きな利益が確保されてきたものと思われる。しかし、これは一部の企業に限ったことであり、日本全体として見れば「貧者のサイクル」が回り続けてきた。

一方、この「貧者のサイクル」の御蔭で大きな社会的な混乱を回避してきたという「メリット」もある。特に、政治家にとっては居心地のよいサイクルであったかもしれない。この「貧者のサイクル」を破ること自体は簡単だ。最低賃金を「一気に」「大幅に」上げればよい。そうすれば、ついて来れない企業は退場することになる。最低賃金を「一気に」「大幅に」上げることは政府の一存でできること。だが歴代の政権はやらなかった。自己保身のためには大きな社会変化は敵であり、結果として「貧者のサイクル」已む無しの判断だったのだろう。また国民も暗黙のうちにそれを支持してきた。

生産性が低く賃金が上がらないのなら生活水準を下げればよい。日本は既に物質的には十分豊かになった。この財産を少しずつ食いつぶしていけばよいではないか。但し、付加価値を高め、高い賃金を支払う起業・個人を目指す集団には頑張ってもらってそれ相応の待遇を与える邪魔をしてはならない。そのためには、政府はそのような動きを邪魔しないこと、個人ベースでは「あの人の給与は高すぎる」というジェラシーを捨てることが肝要だ。