江戸っ子には申し訳ないが、著者は東京の寿司を余り美味しいとは感じない。故郷が瀬戸内海に面しており魚の新鮮さが違うからだと風潮してきた。小さな頃に覚えた味は一生忘れないものだ。

以下は「東京すしアカデミー」のホームページから。非常に分かりやすい。

今や寿司は世界的に最も人気のある伝統料理の一つになりました。言うまでもなくその本場は日本の江戸こと、東京。なかでも江戸、つまり現在の東京23区付近で生まれた寿司を「江戸前寿司」と呼び、現在の握り寿司の原点となっています。
江戸前寿司以外にも、日本各地でその土地独自に発展した寿司が存在しますが、江戸前寿司としばしば比較されるのは関西地方の寿司。この2つの寿司の違いはどのようなところにあるのでしょうか?

1. 寿司の歴史
「江戸前寿司」というのは、江戸の前、すなわち東京湾(江戸湾)で獲れた魚をネタにした寿司のことをもともとは指していました。当時は冷蔵庫もなく、その上交通手段も発達していませんでした。
そのため、酢や塩で締めたり、煮たり、タレ煮つけこんだりなど、生魚に様々な加工を加え日持ちがする工夫をしていたのです。また、せっかちな江戸っ子が短時間で空腹を満たすことができるよう、屋台でシャリとネタを一緒に握り提供していました。これが江戸前寿司の始まりです。
対して関西地方では、江戸からさらに歴史を遡ること 平安時代に寿司の原形となる調理法が生まれています。 江戸前寿司とは異なったスタイルの寿司、発酵寿司です。 なれ寿司などがこの名残です。発酵寿司は木型で成形し時間をかけて作られます。
使われていたのは、サバやアジ、サンマといった大衆魚でした。その後、瀬戸内の魚と厚焼き玉子、アナゴやエビなどをすし飯とともに木枠の押し型に敷き詰めて美しく整形した箱寿司が生み出されました。
これが関西寿司(大阪寿司)の始まりです。のちに、巻き寿司やバッテラ寿司、棒寿司などが普及し、これらを総称して大阪寿司と呼ばれるようになったのです。また、大阪の寿司は握り寿司のように店内で食べるのではなく、主にお芝居や行楽の際のお弁当として親しまれることが多いといいます。

2. シャリの味付け
古くからスタイルや楽しみ方に違いがあった江戸前寿司と関西寿司。その違いは寿司の名脇役ともいえるシャリ(寿司飯)にも表れています。江戸前寿司よりも関西寿司のシャリの方が砂糖の配合が多く、甘みを感じるのが特徴です。
関西で主流の押し寿司は、作ってすぐに食べるのではなく、時間が経って食べることが多かったため、砂糖を多めにしてご飯が干からびるのを防いだそうです。
また、江戸前の握りとは違い使用するシャリの量が多いため、シャリにしっかりと味をつけることで最後まで美味しく楽しめるようにという工夫でもあります。その名残で、現在でも関西では甘めのシャリが主流となっているのです。
対して、しめたり、漬けにしたりとネタに一手間を加えることが多い江戸前寿司は、味のバランスの面からシャリはあっさりした味付けになっています。

3. ネタの種類
現在では、関東だけではなく関西でも様々なネタの握り寿司を楽しむことができますが、そのネタの種類にも地方によって差が生まれています。
江戸前寿司の代表的なネタは、アナゴや小肌、漬けマグロなど。現在では生魚の長期保存が可能になり、マグロも赤身以外の部位を楽しむことができるようになりました。
マグロは現在の江戸前寿司には欠かすことのできないネタとなっており、どれだけいいマグロを持っているのかが寿司屋の「格」を左右するほどにまでなっています。
マグロにこだわりを持つ江戸前寿司に対して、関西地方では白身の魚にこだわりを持つ店が多いと言います。潮の流れが速い瀬戸内海では、新鮮な白身魚が手に入りやすいことから、江戸前寿司には入らないネタもどんどん取り入れられていったのです。
実際、関東の寿司店で、「関西地方の鯛にはかなわない」という理由であえて鯛を使用しないお店もあるのだそうです。そして、ネタに加える一手間で職人の個性を表現する江戸前寿司とは違い、関西地方では素材の味をそのまま楽しむ傾向にあります。
「そのままお召し上がりください」とか「塩を振って召し上がってください」など、そのネタを一番美味しく味わえる方法で提供される点も関西寿司の特徴といえるでしょう。

4. 鮮度の関西、工夫の関東
関東では、しめた後の魚を少し寝かせてから使うところが多いといいます。寝かせることで身が柔らかくなり、また魚の旨みも出てくるのです。最近では魚を長時間寝かせてから使用する「熟成寿司」も関東で流行していますよね。
それに対して関西地方では、しめた魚は新鮮なうちにすぐに使用することが多いそうです。この新鮮な魚の状態を「活(い)かっている状態」と呼ぶそうです。この状態の魚は身がプリッとしていて歯ごたえが非常に良い点が特徴です。
いかに新鮮な魚を提供するのかに重きを置いているのが関西だということですね。実際、全国展開をしている大手回転すしチェーンでは、配送するネタを関東用と関西用で分けている場合もあるのだそうです。
また、関東ではよく見かける白身魚の昆布締めですが、関西ではあまり見かけないのだとか。「古くなってしまった残りもの」という印象だそうで、特に美味しい白身が獲れる関西では新鮮で歯ごたえがあるうちに食べるのが一般的なのです。
世界に誇る日本食の代表格である「寿司」。歴史もスタイルも食べ方も様々存在する寿司ですが、そこに正解はないのかもしれません。その土地で獲れる魚を、職人の技術を駆使しベストな状態でお客様に提供する。
これが寿司のあるべき姿なのでしょう。また、関東では人気のあるネタでも関西の寿司店では見かけなかったり、その逆も多いそうなのです。日本各地の寿司店で食べ比べをしてみるのも面白いかもしれませんね。

「潮の流れが速い瀬戸内海では、新鮮な白身魚が手に入りやすい」。これが筆者の実感です。著者は、大げさに言えば、子どもの頃は「死んだ魚」は食べたことがないのです。

「押し寿司」とは言えば、著者の故郷「柳井市」は錦帯橋(岩国市)から西にJRで40分のところにありますが、「岩国寿司」もユニークです。以下フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より抜粋。錦帯橋に行く機会があったら是非試してみて下さい。話の種にはなります。

岩国寿司(いわくにずし)とは山口県岩国市周辺で作られる押し寿司の一種。
岩国藩初代藩主の吉川広家が合戦に備えて作らせた保存食が町民にも広がったという説もあり、「殿様寿司」とも言われる( 因みに「柳井市」は吉川の殿様が金に困ったときにやってきた商人の町でした)。
岩国藩初代藩主の吉川広家が合戦に備えて作らせた保存食が町民にも広がったという説のほか、椎尾八幡宮で33年に一度開かれる神幸祭の際に岩国藩が「祭り当日は火の用心のため、陽が出ている間は煙を出してはいけない」とのお触れを出していたことから、保存できる寿司を作ったことを起源とする説がある。
今から約380年前、岩国藩で収穫された米と蓮根に野菜を配し、近海の魚の身を入れ、保存食にするため味付けを寿司にしたものである。 保存食とした理由は、山城であり、水が確保できない岩国城においての合戦に備えるためであった。大きな木枠の中に、酢飯の上に春菊などの青菜、岩国名産の蓮根、椎茸、錦糸卵などをのせ、これを何層にも重ね、サンドイッチ状にし、重石でしばらく押し固め、木枠を抜いて、一人前サイズに切り分ける作り方である。
できあがった大きな押し寿司を一人前ずつに切り分けて供するため、岩国では人の集まるハレの日に欠かせない伝統料理となっている。
錦糸卵などで彩られ、切り分けた後でエビなどを後のせすることもあり、見た目はちらし寿司風であり、できあがりの見た目が鮮やかである。