人間なら誰にでもある「思考の偏り」を「認知バイアス」と呼ぶようです。このバイアスは類型化できるようですが、その内の1つに「確証バイアス」というものがあります。「血液型による性格の傾向」「雨女・雨男」を信じてしまうのも、この確証バイアス。たまたま自分の仮説に一致しただけとのことです。「雨女・雨男」はバイアスだと言われれば納得せざるを得ませんが、「血液型による性格の傾向」は医学的には現時点では「正しい」とは言えないとしても、血液は体中に行き亘っているのだから所謂「性格」に絶対影響していないとも言えない氣もします。

この「確証バイアス」を引き起こす背景として「人間の脳は、理由を求める」「知りたいという欲求と、知ることで得られる快感が欲しい」ということが挙がられるようです。困ったことに、この確証バイアスは強力な上に、誰にでも見られる傾向だそうです。誰だって「見たいものを、見つけようとする」からなのだそうです。

英語を教えていて、これと似た現象に四六時中出くわします。それは「人間は自分が聞きたいように聞いてしまう」という傾向が強いということです。例えば、自分の知らない単語が聞こえて来たら自分の知っている単語に置き直して聞き、その単語から連想されるストーリーを作り上げていきます。英語研修の一部として、ネイテイヴの先生に本当に外の公衆電話から電話をして貰い、どんな電話があったかを後で上司に報告する練習をした時「Chattanooga」(アメリカのテネシー州の都市で著者が工場建設に携わったところ。南北戦争中、天下分け目の戦いが行われた場所)を「カップヌードル」と聞いてしまった生徒がいました(「noo」にアクセントがあって「ヌー」⇒「ヌードル」と聞いてしまったようです)。余程お腹が空いていたのでしょう。その結果「Nishimura(西村)」は「日清」になってしまいました。「正解」を聞いた生徒さんたちに大いに受けました。