昨日のブログで今年の東大の入学式における上野千鶴子さんの祝辞を取り上げました。この祝辞は世間の話題になっており「解決策が示されていない」とか「上から目線」といった批判もあるようです。「上から目線」と言えば一高(現在の東大)の寮歌である「嗚呼玉杯に花うけて」の歌詞は、今聴けば「上から目線」そのものです。(著者注:「嗚呼玉杯に花うけて 緑酒に月の影やどし 治安の夢に耽りたる」は次の「榮華の巷」を修飾しており決して一高生のことではありません。「向ヶ岡」は東京都文京区にある現在の農学部のある場所)

1、嗚呼玉杯に花うけて   緑酒に月の影やどし
  治安の夢に耽りたる    榮華の巷低く見て
  向ヶ岡にそゝりたつ   五寮の健兒意氣高し

2、芙蓉の雪の精をとり   芳野の花の華を奪ひ
  清き心の益良雄が    劔と筆とをとり持ちて
  一たび起たば何事か   人生の偉業成らざらん

3、濁れる海に漂へる    我國民を救はんと
  逆巻く浪をかきわけて  自治の大船勇ましく
  尚武の風を帆にはらみ  船出せしより十二年

4、花咲き花はうつろひて  露おき露のひるがごと
  星霜移り人は去り    梶とる舟師(カコ)は變るとも
  我のる船は常へに    理想の自治に進むなり

5、行途(ユクテ)を拒むものあらば  斬りて捨つるに何かある
  破邪の劍を抜き持ちて  舳に立ちて我よべば
  魑魅魍魎(チミモウリョウ)も影ひそめ   金波銀波の海静か

「自治の理想と救国の使命に燃えるエリートの心意気を歌っている」というのはウイッキペデイアの解説。「上から目線」と批判はしていません。上野さんの祝辞も対象を考えれば、著者は素晴らしい祝辞であったと思います。

「エリート」には「エリートの果たす義務がある」という意味で「ノブレス・オブリージュ」と言う言葉が使われます。「ノブレス・オブリージュ」とは、直訳すると「高貴さは強制する」を意味し、一般的に財産、権力、社会的地位の保持には義務が伴うことを指します(ウイッキペデイア)。 「嗚呼玉杯に花うけて」もある種の「ノブレス・オブリージュ」を歌っています。昨今の東大生が官僚を敬遠し、給与が高く、直ぐ自分の実力が目に見える仕事を選ぶ傾向にあるとの報道が聞こえてきます。

上野さんは『あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。』と訴えましたが、最近は「自分が勝ち抜くためだけに使っている人」が増えてきたのではないかと危惧しています。アメリカではお金がないといい大学に入れません。いい大学に入れないといい仕事につけません。東大も親にお金がないと入り難い大学になったようです。著者も東大卒ですが、今年東大に入学した方々には、どうか「感謝の念」を忘れずに1日1日過ごして欲しいと思います。