We eventually boarded not in Lower Regent Street – we did not wish the lunch party to emerge and see us waiting – but in nearby Haymarket. (Kazuo Ishiguro : When We Were Orphans)

上記について本ブログでの解説では『「in the street」も「on the street」も「道で」の意味で同じように使えますが、「in the street」の方が「広い」空間が意識されます。また、イギリス英語は「in the street」を好む傾向にあるように思われます。』と書きました。

しかし何故アメリカでは「on the street」で、イギリスでは「in the street」なのかについては言及できませんでした。「in」と「on」についてはネイテイヴの感覚は全く異なるのに何故アメリカとイギリスでは違うのか長年疑問を持ち続けてきました。今日ネット検索していたら、目から鱗が落ちるといったらいいのか明快な説明を見つけました(小笠原林樹の英語語法講義より)

この in と on の違いがなぜ英米の差とかかわっているのか、一つの興味深い説明を紹介しておきたい。それは、英国と英国人が北米大陸に移民し始めた初期のころの街の「たたずまい」を反映していると考えられるからである。
ロンドンという大都会の史的発達にまで話しの風呂敷を広げるわけには行かないが、昔のロンドンを写実的に描いた絵などを見てみると、通りの左右に店舗が並んでいるが、各店舗は3階建てで通りの幅はそれほどではない。つまり、通りは左右についたてがあってその間の空間にある。まさに in の感覚である。大げさに言えば、一種の谷底にある感じであり、これは on の感覚ではない。in the streetとしか表せない。
16世紀後半から英国やオランダから、大西洋を渡って北米大陸に着いた時、そこは原野なり森を切り開いて開拓地にしたにしても、建築材料も整っていないから、とりあえず木材で粗末(?)な家を建てる。その前の通りはまだ粗末な street であっただろうが、周りはひらけた空間の感じで、そこには表面感があったであろう。

ロンドンの通りの例は興味深い。アメリカの例は「street に立体的な空間が意識できなかった」ということでしょう。そうすると、何か・誰かとstreetの関係は「接触」として捉えるしかなかったのでしょう。現在アメリカで「in the street」といったら、「通りのど真ん中」のイメージになり車に引き殺されるかも知れないイメージです。とてもバスに乗るイメージは湧いてきません。