金融庁が個人の資産形成を促す報告書で、老後資産が2千万円不足するとの試算を示した問題を巡って波紋が広がっている。長寿社会を見据えて老後に備えた資産運用を呼び掛けたものだが、年金頼みの人生設計の限界を国が認めたとして批判されている。
「(報告書は)不正確であり誤解を与えるものだった」。安倍晋三首相は10日の参院決算委員会でこう釈明した。
野党は「年金100年安心は嘘」と追及したが、議論は平行線でした。実態は年金頼みの人生設計は限界に来ているとしても、政府としては公式に認める訳にはいかないのでしょう。

65歳での定年退職後夫婦2人で95歳まで生きるとすると約2千万円不足との試算でした。単純計算すると夫婦2人で月55,000円不足するということです。大雑把に言って厚生年金受給者の受給額は夫婦2人で月20万円前後ではないでしょうか(国民年金だけの人はもっと少ない)。ここから健康保険料、介護保険料が差し引かれます。この金額では「満足な」生活はとても無理でしょう。それでは、これに夫婦2人で月55,000円の年金以外の使えるお金があったら安心でしょうか。そう思わない人たちが多いのではないでしょうか。最近の節約志向は、人々は既に年金頼みの人生設計はしていないことの証でしょう。

金融庁の報告書案では、老後の生活水準について「公的年金だけでは満足な生活水準に届かない可能性がある」とありましたが、実際の報告書ではこの部分は記述が削除されました。金融庁の認識は極めて常識的で正しいと思います。著者はたとえ老後資産が2千万円あっても、公的年金とその2千万円だけでは「豊かな」生活はとても無理だと実感しています。人間、定年退職したからといってそれまでの生活水準を大幅に引き下げるのは無理があります。

長寿社会そのものは喜ぶべきことですが、長生きするのにもお金がかかります。昔は「姥捨て山」がありました。今はそれはできません。結局、生活水準を下げた生活設計をどう構築するかにかかっているような気がします。本当の「豊かさ」を模索すべきです。