所謂「イギリス英語」と言われるものはイングランドの、しかもロンドンを中心にして使われているものでイギリス英語全体を表すものではありません。同様に「アメリカ英語」と言われるものは、東はニューヨーク・ワシントンから始まってシカゴを通り西はサンフランシスコ・ロサンジェルスに至るアメリカ中西部で使われている英語を指し、ニューイングランド地方(中心都市はボストン)で使われる「ニューイングランド英語」や所謂「南部英語」までを代表している訳ではありません。

イギリス英語とアメリカ英語の違いについては沢山の本もでていますので、ここでは取り上げませんが「r の発音」についてのみ触れます。

世間に流布している「イギリス英語は r の後に母音がなければ発音しない」「アメリカ英語は全てのr を発音する」というのは一種の誤解です。イギリスのスコットランドやイングランドの南西部の方言では全ての r は発音されます。一方アメリカのニューイングランド地方ではr の後に母音がなければ発音しません。英語を母語とする国でもr を発音するところと、しない所に2分されるのです。

イギリス英語から分離・独立したアメリカ英語の発展を外観します。

英語が最初にアメリカ大陸に持ち込まれたのは1607年。主にイングランド西部出身者が南部のバージニアにたどりつきジェイムズタウンと名付けた植民地を開拓しました。次に1620年、主にイングランド東部・南部を出身地とする清教徒たちが宗教的な迫害を逃れるべくメイフラワー号に乗って北部のマサチューセッツ州のプリマス付近に辿りつき植民地を作りました。

17世紀の後半以降、イングランド中部・北部出身者が多かったクエーカー教徒(キリスト教プロテスタント)がペンシルベニアにやってきました(ペンシルベニアでは今もクエーカー教徒が多い)。こうして17世紀にはイングランド各地からアメリカ大西洋岸の各地へと移民・移住してきました。

18世紀の半ばになると、スコットランド系のアイルランド人がアメリカ中部に渡りました。彼らは持ち前の進取の気性により更に西の辺境地に分け入って、後の西部開拓の推進力となりました(スコットランドの標語は「我に触れて無事に帰るものなし」)。アメリカの植民地時代は1790年の独立宣言をもって終わりました。ここまでがアメリカ英語の形成期と言えます。

1861−1865が南北戦争。19世紀半ばにはアイルランドのジャガイモ飢饉(この飢饉でアイルランド人口の少なくとも20%が餓死および病死、10%から20%が国外へ脱出ました)、ドイツの革命(1848年。ウイーン体制の崩壊)を契機に両国からの移民がアメリカに殺到しました。

19世紀後半からは北欧、中欧、南欧からの移民が大量にアメリカに押し寄せ、英語も他民族の言語と混合しながら内陸部へと広がっていきました。著者はニューヨークで下宿していましたが、大家さんの出身はアイルランドでした。移民当時食べていくためには警官になるか裁判官になるかしかなかったと言っていました。また、ウイスコンシン州の工場をお邪魔したことがありますが、ドイツ出身者が多く非常に真面目で皆定年まで働くようでした。

第一次世界大戦以降は国力を増したアメリカの言語であるアメリカ英語が世界各地へと広がり、現在に至っています。

イギリス英語とアメリカ英語との違いは発音・語彙の違いに加えて「アメリカ英語の方が合理的」と言えそうです。例えば「through」を「thru」で済ませる。発音と綴字をできるだけ一致させるのも合理主義の現れとみることもできます。