昨日の日経朝刊に表題の記事が社会面に載っていた。

ある日、苦手だった計算問題を解けた息子が「パパ、見て!」とうれしそうに答案を見せた。「それ以外は全然できてないじゃないか」。父親が一蹴すると、息子はそれ以降、学校や塾に通えなくなった。

親とか先生の何気ない一言が子供の行動に大きく影響した一例だと思う。

この記事を読んで、65年以上も前のことを思い出した。著者は、当時、名古屋市の外れに住んでいた。朝鮮戦争が1950年に勃発したので、その直後の頃のことだ。当時の日本は未だ人々の暮らしも豊かでなく、地域によっては公立中学校が荒れていた時代。親が近所の公立中学に通学するのを懸念して、私を私立中学の受験をさせようとしていた。そんな環境だったので、当時通っていた小学校は今風に言えば「偏差値の低い」学校だったと思う。当時は近くに「塾」なるものは存在しなかった。そこで親が、どこかの学校の先生のところに勉強に行かせる算段をしたのだろう。覚えているのは唯一つ。ある日、先生が「『沈む』の反対は何か?」と聞いてきたので『沈まない』と答えた。先生は笑った。それを機会に、著者は学校の勉強に関して家庭教師・塾の類には一切縁がなくなった。家庭教師・塾のお世話には一切ならなかったが東大に現役入学できた。

子供を育てて感じたことだが、親が子供の為に良かれと思ってしたことが、必ずしも子供はそう取らないことがあると痛感している。非常に難しいところではあるが、親は子供に「情報提供」はやっても、行動は子供に任せた方が旨く行く確率が高い様に思っている。