「ベースボール」を、初めて「野球」と日本語に訳したのは、第一高等中学校の野球部員であった中馬庚である。明治期の俳人で、1889年(明治22年)に喀血してやめるまで捕手として好んで野球をプレイした正岡子規が翻訳したという俗説があるが、子規が自らの幼名である「升(のぼる)」にちなんで「野球(のぼーる)」という雅号を用いていたことが誤解されたものと考えられている。ただし、子規が現在にまで残る野球用語を数多く翻訳したのも事実であり、2002年にはその功績によって野球殿堂入りを果たした。(ウイッキペデイア)

「baseball」が日本に持ち込まれた時、当時の日本人は今のように安易に「ベースボール」とは置き変えなかった。当時は今と違って漢字の組み合わせによって新語を作っていた時代。「ball」は「球」でしっくりくるが「base」を「土台」に置き替えて「土台球」ではなんのことか分からない。中馬庚は、多分、「baseball」が広い場所で行われることに目をつけて「野」をくっつけて「野球」としたのだと筆者は想像しています。

「base」の語源は「段、踏み板」だったので4隅に置かれた「ベース(塁)」の意にも使われるようになったと推定されます。ですから「baseball」のイメージは「ベース(塁)」を1周したら1点とする「ベース(塁)」を使った「ボール」を使ったゲームのイメージ。

一方「野球」は「広い所でボールを使ったゲーム」のイメージになります。「ベース(塁)」は目に入っていません。

明治時代の造語の作り方:
飛行機などが陸地から空に飛び立つことを「離陸」といいます。この言葉も飛行機ができてから出来た言葉でしょうが、上手く命名したものです。英語では「take-off」と「動詞+前置詞」で造語していますが、日本語は「漢字+漢字」です。英語ではこのような場合に使われる「動詞」は「イメージ」を持った「簡単な」動詞と前置詞(夫々イメージを持っています)の組み合わせになります。一方漢字もイメージ・意味を持っています。その意味で、何か新しい言葉が必要な時には「イメージ」の組合わせで造語してものと言えます。

明治の人たちが作った造語例:銀行・麦酒
銀行:名前の由来は、明治 5(1872)年制定の「国立銀行条例」の典拠となった米国の国立銀行法(「National Bank Act」)の「Bank」を「銀行」と翻訳したことに始まります。翻訳に当たり、高名な学者達が協議を重ね、お金(金銀)を扱う店との発想から中国語で「店」を意味する「行」を用い、「金行」あるいは「銀行」という案が有力になりましたが、結局語呂のよい「銀行」の採用が決まったといわれています。

麦酒(ビール):文字通り。