「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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2009年07月

ニホンの英語・日本人の英語(日本人が陥りやすい間違い) 例(15)

日英の言語構造の違いから日本人が陥りやすい間違い 

時制(その)

私は今朝仕事に行くときに、妻に「6時に帰ってくるよ」と言いました。今、2時頃です。妻が電話で友達に「夫は、6時に帰ってくると言った」と話している場合に次のどちらが適当でしょうか?
My husband told me that he would come home at six.
My husband told me that he will come home at six.

多分どちらも「正しい」と思います。電話をかけている妻が「これから(未来)家に帰って来る夫」をイメージすれば◆単に夫が言ったことを友達に伝えている雰囲気なら、”told” に引きずられて “will” の過去形が選択されることはあり得ると思います。

昔学校で『彼は、太陽は東から昇る、と言った』という場合は、「太陽は東から昇る」ということは変わることのない真実だから、間接話法で述べる場合も “He said that the sun rises in the east.” が正しいと習いました。これは「太陽は東から昇る」は常に「今の世界」にイメージされることだからです。

「時制の一致」は、頑なな文法ではなく、頭の中に見えるイメージに正直なだけです。

ニホンの英語・日本人の英語(日本人が陥りやすい間違い) 例(14)

日英の言語構造の違いから日本人が陥りやすい間違い 

時制(その2)

自宅でパーテイを開いたとき、あなたがホストだとして「何をのみますか?」と尋ねる場合は、次のどれが一番適当でしょうか?
“What do you have?”
“What are you going to have?”
“What will you have?”

正解はです。

は “have” を「食べる、飲む」(動作)の意で使っていますから、「あなたは、いつも、何を飲んでいるのですか?」の意になります。

は「何を飲むことになっているかが既に決まっている」ことを前提にした質問になりますので、「もう飲み物は誰かに頼まれたのでしょうが、何を飲むのですか?」のようなニュアンスになります。

は “will”(基本的には「意思」を示す言葉)が使われており、相手の意思を尋ねる文になっています。

次の問題は如何でしょうか?

私は今朝仕事に行くときに、妻に「6時に帰ってくるよ」と言いました。今、2時頃です。妻が電話で友達に「夫は、6時に帰ってくると言った」と話している場合に次のどちらが適当でしょうか?(回答は次回)
My husband told me that he would come home at six.
My husband told me that he will come home at six.


ニホンの英語・日本人の英語(日本人が陥りやすい間違い) 例(13)

日英の言語構造の違いから日本人が陥りやすい間違い 

時制

日本語でも「昨日散歩をした」「毎日散歩をする」のように通常「過去」と「現在」を言葉の上でも区別する(「散歩をした」と「散歩をする」)。

しかし、英語の複文(「主語+動詞」が2つ)にあたる文になると、これが崩れる。例えば「私はアメリカに行く前に、英語の勉強をした」「彼女は私にいつ帰るつもりか 尋ねた」

英語では「アメリカに行った前に英語の勉強をした」「いつ帰えるつもりだったか 尋ねた」と両方を過去形で言わなくてはならない。”I studied English before I went to America.” “She asked me when I was going to come home.”

日本語を直接英語に訳している場合はこの時制の誤りを犯すのは不可避である。英語では、「過去の事実を述べるのか、現在の事実を述べるのか、未来のことを述べるのか」によって、日本語とは関係なく、順に過去形、現在形、未来を表す言葉(will, be going to …等)を使わなくてはならない。

Jimmy lived in the country, and he loved playing in a very shallow river near his house, but then his father got a job in a big city, and he moved there with his family.
Their new house had a garden, but the garden was very small. Jimmy wasn’t very happy.
“Is there a river near here?” he asked his mother on the first morning.
His mother answered, “No, there isn’t, but there’s a beautiful park near here, Jimmy, and there’s a pool in it. We’ll go there this afternoon.” Then Jimmy was happy.
After lunch, Jimmy and his mother went to the park. Jimmy wanted to walk near the pool, but there was a sign in front of it. His mother read it to him: “WARNING: This pool is dangerous. 367 people have fallen into it.” Jimmy looked into the pool carefully. Then he said, “I can’t see them.”

上記の例文では、間接話法の部分(" “ 以外の部分)の動詞は全て「過去形」で統一されていることに注意。日本語では「ジミーは田舎に住んでいた。彼は近所の浅い川で遊ぶのが大好きだ」のように時制が混在することが珍しくないが(特に小説などで読者をあたかもその場に居合わせるような感覚にさせたい場合)、英語では基本的には、過去形で話しが始まったら最後まで過去形が使われる。

直接話法の部分(" “ の部分)は、現在形で統一されている。お母さんと小さな子供の会話だからそうなるのは自然である。1ヶ所 “We’ll go there this afternoon.” と未来をあらわす言葉が使われているが、これはお母さんが、その場で「今日の午後そこに行きましょう」と意思決定したからである。「行く」のはあくまでも「未来」のことなのである。

自宅でパーテイを開いたとき、あなたがホストだとして「何を飲みますか?」と尋ねる場合は、次のどれが一番適当でしょうか?(回答は次回)
“What do you have?”
“What are you going to have?”
“What will you have?”

クリスチャンの総理大臣(戦後)

麻生首相(第92代内閣総理大臣)が先日ローマ法王に謁見したことが話題になりました。ローマ法王に謁見するからにはカトリック(クリスチャンは大きく分けて、カトリックとプロテスタントに分かれます。司祭はカトリック、牧師はプロテスタント)であると考え、(失礼ながら)麻生さんが本当にカトリックなのかをネットで調べてみました。

麻生さんのお父さんもお母さんもカトリック。お母さんのお母さん(吉田茂の妻)もカトリック。吉田茂(第45, 48, 49, 50, 51代内閣総理大臣)も死後、洗礼を受けています(死の直前かも知れません)。

そういう御一家ですから、麻生さんがカトリックでも不思議ではありません。カトリックでないほうが不思議です。私たちの多くが、形式上は仏教徒で、浄土宗とか浄土真宗とかの門徒であるというのと同じであると考えてよいでしょう。麻生さんが、どのくらい熱心な信者さんなのかは分かりません。

その他、戦後の総理大臣でクリスチャンだった人を探してみました。

片山 哲(かたやま てつ)
1887年7月28日 - 1978年5月30日。弁護士、政治家。第46代内閣総理大臣。クリスチャンであり日本においてキリスト教的人権思想と社会民主主義の融合(キリスト教社会主義→キリスト教の信仰に基づいて、労働者の解放を求め、説教による労働者の啓蒙、職場における協同などを通じて、社会の改良・進歩を達成しようとする理論及び運動のこと)を実践した代表的な人物の一人。

大平正芳(おおひら まさよし)
1910年3月12日 - 1980年6月12日。大蔵官僚、政治家。第68・69代内閣総理大臣。中学4年のときに腸チフスに罹り、4ケ月間生死の境をさまよった。翌年父が急死。その翌年今の香川大学に入学し、講演に訪れた東北大学の先生を通じてキリスト教に出会い傾注。翌年洗礼を受けた。一ツ橋大学に戻り勉強を続けたが在学中もキリスト教の活動にも精力的に参加し、YMCA(Young Men’s Christian Association)活動に従事。プロテスタントだと思われます。

戦後の総理大臣は30人、日本のクリスチャンの数は人口の1%にも満たないと言われていますので、吉田茂を含めれば戦後4人の総理大臣がクリスチャンというのは少し驚きです。

ニホンの英語・日本人の英語(日本人が陥りやすい間違い) 例(12)

日英の言語構造の違いから日本人が陥りやすい間違い 

「数えられるか、数えられないか」(その2)

次の一部は既に使ったネタですが、「数えられる名詞」でしょうか、それとも「数えられない名詞」でしょうか?

furniture(家具) information(「情報」の意味で使う場合) money(「お金」の意味で使う場合) parent(親) sightseeing(観光)

parent(親)を除き、全て「数えられない」名詞です。

furniture(家具)
家とか事務所に設置するテーブル、椅子、ベッド等の移動可能な家具、調度品、備品等を集合的に意味する名詞です。テーブル、椅子、ベッド等は数えられますが、これらを集合したものがfurniture(家具)ですので、数えられないという理屈です。数えたいときには “a piece of furniture” “two pieces of furniture” のように表します。

information(「情報」の意味で使う場合)
誰か・何かについての事実と詳細等全部がinformation(「情報」)を構成しますので、やはり数えられません。数える場合は,汎韻検

money(「お金」の意味で使う場合)
日本語で「お金を数える」という表現があるので数えられるように錯覚するかも知れませんが、「お金」は「稼いで、何かを購入するのに使うもの」「硬貨(coins)、紙幣(notes)全部の総称」ですから、やはり数えられません。”coin” “note” は数えられます。

sightseeing(観光)
sightseeingは “sight”(景色、名所)+”seeing”(見ること)で「興味のある建物や場所を尋ねること」の意になります。“sight”(景色、名所)は数えられますが、”seeing”(見ること)という抽象的なことは数えられません。「見ることは信じること」という諺がありますが、”Seeing is believing.” と無冠詞で使われます。”go sightseeing”(見物に出かける)。

理屈は以上のようになりますが、つまるところは「言語習慣」ですから、学んで、使って、そして身につけるしかありません。私たちにとって大切なことは、常に「数えられるか、数えられないか」を意識して感覚を磨いていくことだと思います。
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