「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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2009年08月

文科省天下り 3分の1が私学に再就職

暫く前に「何故私学に国から助成金が配布されているか」をネットで調べたことがある。1970年代に入り、私学乱立で経営が苦しかったことが発端だったというような内容だった。日本国憲法89条との関係で疑問に思ったが(後述)、違憲かどうかについては学説も分かれており、法律を作って対処していることを知った。

8月29日1時45分配信の産経新聞を読んで、「やっぱり」と思った。

文部科学省から過去5年間に天下った幹部職員OB 162人のうち、3分の1を超える57人が私学(学校法人)に再就職していたことが28日、産経新聞の調べで分かった。旧科学技術庁出身者らを除いた旧文部省の生え抜きに限ると、4割を超える高率だった。この調査結果に、識者らからは「旧建設省OBがゼネコンに天下るようなもの」と批判の声もあがっている。

調査結果によると、平成15年9月〜20年12月に、文科省から天下った本省課長・企画官級以上の幹部職員は計162人。うち57人(約35%)が51の学校法人に天下り、肩書は事務方トップの事務局長が21人で最も多かった。

51法人の中で48法人が大学(短大も含む)、2法人は高校、1法人は専門学校を主に経営する。13年の中央省庁再編で、旧文部省と合併した旧科技庁の出身者らを除いて旧文部省の生え抜きに限定すると、天下り総数は111人で、うち46人(約41%)が学校法人。旧文部省の生え抜き以外で私学に再就職した11人は、外部から教育分野の専門職に転身した学識経験者らで、旧科技庁入庁組は皆無だった。

文科省は、各種の補助金で学校法人の経営健全化や設備充実をはかる私学助成を行っており、予算規模は年間4500億円前後にのぼる。文科省は私大設立や学部・学科新設の許認可権も持つ。少子化で私学は経営が難しくなっており、特に私大は学生集めのため、情報システムや住環境デザインなど既存の大学とは異なる目新しいテーマの学部・学科の新設に躍起になっている。

省庁再編前には国会で取り上げられたこともある旧文部省の私学天下りルートが、再編後も事実上温存されていた実態が明らかになり、天下り問題に詳しい国際基督教大の西尾隆教授(行政学)は「再就職の是非はケースごとに判断すべきだが、この数字は大いに問題がある。旧建設省OBがゼネコンに天下るようなもの。営利企業ではないと言っても、私学も補助金獲得をめぐり競争しており、経営難もあってお金絡みの意識が働く可能性がある。許認可権限をもつ相手先に行くのは、庶民感覚からみておかしい」と指摘。一方、文科省人事課は「もともと法律に制限がなく、問題はない」としている。

日本国憲法89条は次のように定める。

公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

私立学校が国から受けている監督は「公の支配」にあたらないとすれば、私学助成は憲法89条後段に違反していることとなる。実質的に「公の支配」があるからこそ、私学は「天下り」を受け入れていると考えるのが常識。

また、誰でも大学に入れる時代に「税金の使い道」として優先順位が高いのか大いに疑義がある。年間4500億円前後の予算は国民一人あたり 毎年 4 千円弱になる。

極めて違憲性が高いと思われ、国民全体からしてみて優先順位が高くない「私学助成金」は廃止した方がよい。

全国学力テスト傍目八目

27日に公表された2009年度の全国学力・学習状況調査(学力テスト)。日経の見出しから主なものを順不同に拾ってみる。
正答率が上昇
「知識活用に課題」文科省
応用力 依然低い水準
結論導く思考力に弱点(↓い脇韻犬海箸鯤未慮斥佞派集宗
地域差縮まる
市町村別データ公開 議論続く 「序列化」文科省は反対

その他の主な内容:
家庭での生活・学習と正答率の間に相関あり
一斉読書の時間を設けたり、自分で考えたことを分かり易く文章に書かせたりする指導を行っている学校ほど、無回答率が低くなる傾向が出た
この2つは、常識的に考えれば当たり前のこと。このような結果が出なかったら、それこそ調査の内容そのものが疑われる。逆に考えれば、調査結果をこの方向に持って行こうとしたのではないかとさえ考えられる。

その他ネットで拾った情報:

秋田県教委の教育長は27日の記者会見で、3年連続で小学校、中学校ともに好成績を収めたことに胸を張った。その要因として挙げたのが、望ましい生活習慣、学習習慣▽授業改善と一人一人へのきめ細かな指導▽家庭・地域との協力▽大学との連携−の4点だった。

衆院選を優位に戦う民主党は、政権獲得の際には全国学力テストを現在の「全員調査」から、対象を一部の学校に絞る「抽出方式」へと見直す方針とされる。「全員調査は競争をあおる」とする日教組などの意見を反映したものだが、文部科学省は「一人一人が自分の学力を把握し、課題を見いだすには全員調査が必要」としている。今後「全員か抽出か」が焦点の一つとなりそうだ。

傍目八目的見方:
学力テスト結果は、理屈で考えれば、少なくとも「生徒の資質」「1クラスの人数」「先生の教え方・熱意」「塾・家庭を含めたトータルの勉強時間」を反映しているハズだ。「学校での教育」結果だけではないことを先ず指摘したい。

「生徒の資質」で見れば、私立校の割合という要因も見逃せないと思う。個々で見れば、私立校の生徒の方が、資質が高いとは言い切れないかも知れないが、マスで考えれば多分そのハズ。現在、私立校の割合は(学校数で見ても、生徒数で見てもほぼ同じ)、全国平均で小学校は 1% 以下、中学校で6% 強であるが、首都圏と近畿圏に集中しており、東京都では、生徒数比率で約 24% 。4 人に1 人が私立校に通っている。秋田県と東京都の学力テスト結果を比較してみると、小学校に比較して中学校で格差が広がっている。

「1クラスの人数」は公表されてないが、形式的なクラスの人数ではなく、実際に「少人数授業」が出来ているところ程、成績はよいハズ。秋田県教委の教育長が「一人一人へのきめ細かな指導」を好成績の要因の1つに挙げておられるが、秋田県の「一人一人へのきめ細かな指導」を可能にしているインフラを各都道府県は検討されたらよいかと思う。

「先生の教え方・熱意」「塾・家庭を含めたトータルの勉強した時間」については、秋田の教育長の発言が、それを裏付けている。

「全員調査は競争をあおる」という日教組の主張は論理的には正しい。但し、「競争をあおってはいけない」という主張には賛成しかねる。「あおる」という言葉自身が一般にネガテイヴなイメージを持つ言葉であり、この主張は「全員調査は競争(の面を持っている)」「競争はいけない」としか読めない。個人の主義主張は結構。しかし、それを子ども達にだけは植え付けないで欲しい。

一部に「日教組の組織率が高いところは学力が低い」という主張もあるようだが、秋田県の組織率は全国平均を大きく上回り 50% を超えている。組合活動にかまけて、授業に熱心でない先生のクラスの学力は当然のことながら低いであろうが、全員一律で見るのは「政治的な見方」であろう。

文部科学省は「一人一人が自分の学力を把握し、課題を見いだすには全員調査が必要」としているらしいが、これには裏がありそうだ。「一人一人が自分の学力を把握し、課題を見いだすだけ」なら、日頃先生が教室で出きること。60億円もかけてわざわざやるべきことではないであろう。下司の勘繰りかも知れないが、日教組の先生締め付けが狙いなのではないか。因みに日教組の組織率は昭和33年には86.9%だったものが平成16年には30%を切った。新規加入は20%を切っている。

「市町村別データ公開」については、「全員調査」という条件では、著者は賛否を述べるに足るだけのものを持っていない。あまりにも政治的匂いがするからである。

毎回好成績を誇る秋田県と、際立って低位に位置する沖縄県を徹底比較すれば「学力」なるものの本質が見えるであろう。今回で学力テストも3回。「学力向上」のためのデータは十分に集まったハズ。毎年 60 億円も(国民 1人当たり 50円)かけてやるより、教育の他の部分に金を回した方がよいと考える。

何故「the + 名詞」なのか

前回は「不定冠詞」を検証した。今日は「定冠詞」を検証してみる。
 
Jimmy lived in the country, and he loved playing in a very shallow river near his house, but then his father got a job in a big city, and he moved there with his family.
Their new house had a garden, but the garden was very small. Jimmy wasn’t very happy.
“Is there a river near here?” he asked his mother on the first morning.
His mother answered, “No, there isn’t, but there’s a beautiful park near here, Jimmy, and there’s a pool in it. We’ll go there this afternoon.” Then Jimmy was happy.
After lunch, Jimmy and his mother went to the park. Jimmy wanted to walk near the pool, but there was a sign in front of it. His mother read it to him: “WARNING: This pool is dangerous. 367 people have fallen into it.” Jimmy looked into the poolcarefully. Then he said, “I can’t see them.”

以上の下線部は全部「the + 名詞」で使われているが、何故「the + 名詞」なのかを吟味してみよう。

「the country 廖Гいなり「the country」だから「例の国、今話題の中心の国」で使われたら(即ち可算名詞)、読者は「?」ということになるであろう。ということは「country」は「不可算名詞」で使われていることになる。「形のない」「country」は「広々とした開発されていない土地、地方、地域」の意味になり、farming country(農業に適した土地)、open country(ずっと開けた土地)、There’s a lot of country there.(そこは広々とした土地がたくさんある)のような使い方がされる。この意味で使われて、いきなり「the country」なら、読者は、やはり「?」ということになるであろう。ということは「the」で特定すれば、間違いなくネイテイヴなら頭に描くであろう「広々とした開発されていない土地、地方、地域」即ち、「都会」と対比される「田舎」の意なのである。覚えてしまえば、それまでであるが、英語の論理に従って検証すれば、このようなことになるであろう。

「the garden◆廖Г海譴亙弧上、その直前に「Their new house had a garden(彼らの新しい家には庭があった)とあるので、「その庭」の意で「特定」。

「the first morning」:「the morning」なら、「?」になるが、「first morning(最初の朝)」だから「特定」できるとの意識。

「the parkぁ廖Г海谿柄阿法△母さんが ”there’s a beautiful park near here” “We’ll go there this afternoon” とジミーに言った情報がありますので、当然「そのpark」で特定。

「the poolァ廖Г母さんが “there’s a pool in it” とジミーに言ってあるので、ジミーは「その池」の近くが歩きたかったのです。

「the poolΑ廖物理的にはイ汎韻乎咾任垢、文脈は更に進んでおり、お母さんとジミーは既に、その池のところに来ていて、警告の看板が立っており、お母さんが、その看板を読んでいます。「この池は危険です。すでに367人が落ちました」。ここでは「367人が落ちた、その池」ということで「特定」の意識が働いています。

「・・・後」を英語で何と言うか

日本語で「1週間後に彼に会った」と言う場合、英語では通例 “I met him after a week.” と言います。

しかし「1週間後に彼に会おう」と言う場合には、英語では通例 “I’ll meet him in a week.” と言います。即ち「現在を起点として未来のことを言う時には、after ではなく in が使われます」。このことは英和辞典を詳しく読むと出てきます。

今回は、この問題をもう少し掘り下げてみましょう。

「after」は「もっと離れて」が元々の意味で「off の比較級に相当する語」が語源です。英々では「later than something」と説明してあり、例文の1つに “After an hour I went home.(= When an hour had passed)” が掲載されています。厳密に日本語に逐語訳すれば、「1時間が経ってから、私は家に帰った」となるでしょう。

日本語の「1週間後に彼に会った」は「丁度1週間後に彼に会った」のか「1週間経ってから彼に会った」のかは微妙です。

英語で「5月1日以降(有効になる)」という場合、5月1日を含める場合には “on and after May 1” と念を押します。

「1週間後に彼に会おう」と言う場合に “in” が使われる背景は、「ある事を、ある時間内に実現させよう」という意識が働くのではないかと思います。“I’ll meet him after a week.”なら、「この1週間は会えないが、1週間経ったら会おう」というイメージになるからではないかと推量しています。「過去」のことは、時間の流れとしては「現在」で打ち切りですが、「未来」はどこまで行っても続くので “in” で時間枠を設定したいという意識が働いているのかも知れません。

「リーダーズ」には『after a month(1ヶ月過ぎて)。通例 after は過去の、in は未来の「・・・後」の意に用いる』と出ています。

沖縄返還密約

8月27日の日経朝刊に『沖縄返還密約 元局長の出廷承認へ 外務省、政権交代にらむ』なる記事で出ていた。37年の時を経て、ようやく「真相」が明らかになりそうだ。国家権力とは、どのようなものなのかを考えてみるよい機会だと思う。著者は健全な民主主義にとって「情報公開」は原則必要だと思う。権力は本質的に腐敗する。政権交代は、この意味でも、大きな意味を持つものと考える。

以下はこの問題の経緯(何れもネット情報)。

一九七二年の沖縄返還に伴い日米両政府が交わしたとされる「密約」文書をめぐり、元毎日新聞記者西山太吉さん(77)らが国に開示を求めた行政訴訟で、東京地裁(杉原則彦裁判長)は二十五日、密約を認めている吉野文六・元外務省アメリカ局長(91)を原告側証人として採用する方針を示した。

元公務員に職務上の秘密について尋問する場合は監督官庁の承認が必要で、同地裁は外務省の承認が得られれば、正式に証人採用を決め、十二月一日に尋問を行う。

吉野元局長は七二年、密約に絡む国家公務員法違反事件の公判で、検察側証人として密約を否定。しかし、二〇〇六年に一転、密約を認めた。

十二月の証人尋問で密約の実態を証言すれば、一貫して否定する国の説明責任が厳しく問われることになる。

原告は西山さんや学者ら二十五人。沖縄返還に際し、米軍用地の原状回復費四百万ドルを日本側が肩代わりすることなどを合意した文書三点の開示請求に対して、文書の不存在を理由に不開示とした国側の決定取り消しを求めている。

国側はこの日、あらためて文書の存在を否定。米国側の「密約」文書三点が米国立公文書館で公開されている点については「仮に日本に同一のものがあっても廃棄したと考えるのが自然」と主張した。原告側は密約文書に署名したことを認める吉野元局長の陳述書を提出した。

閉廷後、記者会見した西山さんは「単なる情報公開訴訟ではなく、国の犯罪行為が問われている裁判だ」と強調。弁護団は「外務省が(吉野元局長出廷を)承認しなければ大きな政治問題だ」とくぎを刺した。
「西山さん」と聞いてピンと来る人も多いと思う。
佐藤栄作政権下、米ニクソン政権との沖縄返還協定に際し、公式発表では米国が支払うことになっていた地権者に対する土地原状回復費400万ドルを、実際には日本政府が肩代わりして米国に支払うという密約をしているとの情報をつかみ、毎日新聞社政治部の西山太吉さんが社会党議員に漏洩したのである。
政府は密約を否定し、逆に情報源の外務省女性事務官が国家公務員法(機密漏洩の罪)、西山さんが国家公務員法(教唆の罪)で逮捕され、さらに検察が、起訴状で西山が情報目当てに既婚の事務官に近づき酒を飲ませた上で性交渉を結んだことを明らかにしたため、報道の自由を盾に取材活動の正当性を主張していた毎日新聞はかえって世論から一斉に倫理的非難を浴びることになった経緯がある。
裁判においても、起訴理由は「国家機密の漏洩行為」であるため、審理は当然にその手段である機密資料の入手方法、つまり二人の不倫関係に終始し、密約の真相究明は検察側からは行われなかった。西山さんが逮捕され、セックススキャンダルとして社会的に注目される中、密約自体の追求は完全に色褪せてしまった。また取材で得た情報を、ニュースソースを秘匿しないまま国会議員に流し公開し、情報提供者の逮捕を招いたこともジャーナリズムの上で問題となった。

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