「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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2014年05月

英語あれこれ(20)

(20) “It all comes from not having a big enough front door.” の下線部はどんな意味になりますか?

「come from」は文脈によって次のような日本語が対応します(E−Gate)。
 ΑΑΔ僚仗箸任△
◆焚饉辧ι署)の所属(者)である
(物が)(場所)の産である
ぁΑΑΔ寮宿覆任△
ァ塀慣・現象などが)・・・から来ている
ΑΑΑΔ僚弌併丗后砲任△
АΑΑΔ傍因する
─ΑΑΔ侶覯未任△

ここではЛ的な使い方で「・・・の所以である」という日本語がピッタリだと思います。

「・・・の所以で」を和英で調べると「because」「due to …」「owing to …」「with」等が出て来ると思いますが口語で軽く「これは(それは)・・・の所以だ」というには「It comes from …」がピッタリです。全体は「(それもこれも)みんな大きな入り口がない所為だ」の意になります。

パルピテーションを感じるー花子は肉食系だった?

今朝のNHK朝ドラ「花子とアン」の中で主人公が「パルピテーションを感じる結婚がしたい」という台詞を吐いていました。そしてその言葉を「胸のときめき」と説明していました。

著者は「パルピテーション」という言葉を知らなかったので音を頼りに辞書で調べてみました。

palpitation:興奮、激しい運動、或いは病気のせいでの著しく速く、強く 或いは不規則な心臓の鼓動(Oxford の定義を著者が直訳)。

「胸のときめきを感じる」は英語では普通「feel excitement at/over …」と訳されていると思っていますので、かなり「肉食系」の発言のようにも感じました。そこでこのドラマのモデルである村岡花子さんについてウイキペデイアで調べてみました。

『生い立ち
山梨県甲府市の安中逸平・てつ夫妻の長女として生まれる。本名は村岡 はな(むらおか はな)、旧姓:安中(あんなか)。クリスチャンである父の希望により、2歳でカナダ・メソジスト派の甲府教会において幼児洗礼を受ける。父の逸平は駿府(静岡県)の小さな茶商の家に生まれ、茶の行商中にカナダ・メソジスト派教会に出入りするようになり、熱心なクリスチャンとなる。布教の流れで甲府に移り住み、そこで出会ったてつと結婚してその実家に住むようになる。教会での交流で新しい文化の影響を受けた逸平は、利発な長女のはなに過剰なほどの期待をかけた。
常識にとらわれず商売そっちのけで理想を追い求める逸平は、妻の実家や親戚と揉め事が絶えず、はなが5歳の時にしがらみを断って一家で上京し、南品川で葉茶屋を営むようになる。城南尋常小学校に通うはなは、心象風景を短歌で表現し句作をして詠んでは楽しむ幼少期を過ごした。その頃、社会主義活動に加わった逸平は特に教育の機会均等を訴え、娘の才能を伸ばすべく奔走し、1903年(明治36年)、学校創設者との信仰上の繋がりから、10歳のはなを東洋英和女学校に給費生としての編入学を実現させる。一方、家族の生活は困窮しており、8人きょうだいのうち高い教育を受けたのは長女のはなのみで、他の弟妹は次女と三女を残して皆養子や奉公などで家を出されている。はなの入学は、弟妹たちの犠牲の上に成されたものであった。
女学校入学
東洋英和女学校でカナダ人I・S・ブラックモーア宣教師から英語を学ぶ傍ら、大正三美人の1人で後に白蓮事件を起した同級生柳原白蓮の紹介で佐佐木信綱から万葉集など日本の古典文学を学ぶ。この頃からペンネームとして安中 花子を名乗るようになる。同校高等科在学中からアイルランド文学の翻訳家松村みね子(歌人としての筆名に片山廣子。芥川龍之介の晩年の恋人)の勧めで童話を執筆。
1914年に東洋英和女学院高等科(1918年に東京女子大学と合併)を卒業すると、英語教師として山梨英和女学校に赴任。同年、友人と共に歌集『さくら貝』を刊行。この時期、キリスト教の夏季講座で市川房枝と出会う。
1917年から、東京銀座のキリスト教出版社である教文館に女性向け・子供向け雑誌の編集者として勤務。福音印刷合資会社の経営者で既婚者でもあった村岡儆三と出会い、不倫の末、1919年に結婚し、村岡姓となる。1920年に誕生した長男を、1926年に病で失う。このことを機に、英語児童文学の翻訳紹介の道に入る。(後略)。』

現在では「略奪婚」は珍しくありませんが、当時のことを考えると「花子」はやはり相当な肉食系だったのかと妙に納得。「パルピテーション」から「想像の翼を広げて」みました。

英語あれこれ(19)

(19)「クマのプーさん」にはよく“Bother!”という言葉が出てきますが、どんな意味ですか?

著者はアメリカに居る時に間投詞的に“Bother!”という言葉が使われるのを聞いた記憶がありませんので、多分イギリス英語だと思います。

辞書で調べると「いらだち」や「不満」を表すときに使われる言葉のようです。 “Oh, no!” とか “Oh, dear!”という感じでしょうか。アメリカなら “Shit!” という少し品のない言い方があります。
Bother! I’ve left my wallet at home.
Shit! I’ve lost my keys.

英語あれこれ(18)

(18)Rabbit pushed and pushed but Pooh would not budge. の下線部はどんな意味になりますか?

「would」は「will(意志がある)」の過去形で「あることに向かう意志(傾向)があるだろう(あった)こと」を示します。過去の事柄についての直説法過去と、時間的には必ずしも過去の事柄を表さず、概して現在に属する仮定法の表現に分かれます(E-Gate)。

ここでは「Rabbit pushed and pushed but ..」に続いていますので「過去の事柄についての直説法過去」の使い方です。「あること(budge)に向かう意志(傾向)がなかった」ということです。「プーさんは動こうとする意志がなかった⇒動こうとしなかった」。「Pooh didn’t budge.」なら「動かなかった」と過去の事実を述べるだけですが「would」が使われているので「動く意志がなっかった(その結果動かなかった)」のニュアンスが出ています。



The Midsummer Classic

“The Midsummer Classic” と聞いたら、大抵の方は何か真夏のクラシック音楽会を想像するのではないでしょうか。実は、これはアメリカのプロ野球の「オールスター」戦のことです(正式には「The Midsummer Pro Baseball Classic」)。

“classic” という言葉はその形からも想像できるように “class” が語源です。

そしてこの “class” は「(ローマ時代の財産に応じた)人々の階級」が語源です。それで“classic” は当初は「あるグループに属する」ことを意味しました(この階級により軍隊の序列や1票の重みが変わりました)。その後「一番レベルの高いグループに属する」ことを意味するようになりました。現代では“classic” は「(文学・芸術などが)最高級の」「古典の」「伝統的な」「(車が)クラシックの」の意の形容詞の他、名詞としては「一流の作者・作品」「伝統的に有名な行事・大試合」等の意味で使われます。「the classic races」といえば競馬の重賞レースのことで日本では「桜花賞」「皐月賞」「オークス」「日本ダービー」「菊花賞」を指します。

“class”が「(学校の)クラス」「授業」を意味するのも「1つのグループ」のイメージが発展したものです。乗り物では「ファーストクラス」「エコノミークラス」等と使われます。

同じような例として、中世建築で各階の別を示すため装飾として、窓に夫々異なった歴史物語を描いたことから「story」には「物語」の他「階」の意味があることは可成り知れ渡っています。

このように語源を辿っていくと面白い発見が時々あるものです。
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