「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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2014年07月

英語あれこれ(81) - ave

(81)You Tube でハリー・ベラフォンテの「ダニーボーイ」を聴いていたら次のような歌詞がありました。
I’ll come and find
The place where you are lying
And kneel and say
An ave there for thee
この「ave」は「アベ マリア」の「アベ」ですよね。「say an ave there for thee」はどんな意味になりますか?

「アベ マリア」はラテン語では「マリアさま、こんにちは」の意になるのだそうです。カトリックではマリアへの祈りを意味しますが、「マリアさま、こんにちは」と理解すれば親しみが湧きますよね。

この「ave」は辞書によれば「歓迎(別れ)のあいさつ(の言葉)」も意味します。従い「say an ave there for thee」は文脈から「あなたのために、そこでお別れの言葉を言うわ」(子供を思う母親の歌と感じました)という意味になります。

著者もYou Tube でハリー・ベラフォンテの「ダニーボーイ」を何回も聴いてみました。オリジナルの歌詞を1部変えて歌っているようです。1部聞き取りに自信のないところもありますが、聞いた通りに書き出してみます。

Oh Danny boy
The pipes, the pipes are calling
From glen to glen
And down the mountain side

The summer is gone
And all the roses falling
It’s you, it’s you
Must go and I must bide

But come ye back
When summer is in the meadow
Or when the valley is hushed
And white with snow

It’s I’ll be here
In sunshine or in shadows
Oh, Danny boy, oh Danny boy
I only miss you so

But if you fall
As all the flowers are dying
And you are dead
As dead you will maybe

I’ll come and find
The place where you are lying
And kneel and say
An ave there for thee

But come ye back
When summer is in the meadow
Or when the valley is hushed
And white with snow

It’s I’ll be here
In sunshine or in shadow
Oh Danny boy, oh Danny boy
I love you so

英語あれこれ(80) - I was born in 1940.

(80)「私は1940年に生まれた」は「I was born in 1940.」と何故受動態になるのですか?

それは多分英語では「誰かが何かをしないと何も始まらない」という考え方があって、「誰かが自分を生んだ」だから「自分は生まれてきた」という発想をするからだと思います。「・・・を生む」という他動詞は「bear」で過去形は「bore」、過去分詞は「borne, born」です。自動詞を使って「The baby arrived/came on Monday.(赤ちゃんが月曜日に生まれた)」という表現は可能です。しかし「I arrived/came in 1940.」は「1940年に来た」というイメージになり、言いたいことが未完成な感じがします(どこに来たの?)。主語の持つイメージが影響しています。言葉の持つ不思議さを感じずにはいられません。

英語あれこれ(79) - alive

(79)「その魚は生きている」は「The fish is (still) alive.」でよいと思いますが「生きている魚」も「alive fish」で表現できますか?

駄目です。ほとんどの形容詞が名詞を修飾する「限定用法」と be-動詞などの後で用いられる「叙述用法」の両方で使えますが、例外的にどちらか一方でしか使えないもの或いは「限定用法」と「叙述用法」では意味が異なるものがあります。

「afraid」「adrift」「afloat」「alike」「alive」「alone」「ashamed」「asleep」のように「a」がつくものは「叙述用法」に限られます。

「chief」「main」「principal(主要な)」「sheer(全くの)」「utter(全くの)」は「限定用法」に限られます。日本語でも同じ感覚です。

good/bad, big/small, heavy/light, old は「限定用法」と「叙述用法」では意味が異なることがあります。
a good swimmer(泳ぎのうまい人)→「叙述用法」では通例「(道徳的に)立派な」の意ですが「good at …」は「・・・がうまい」の意。「bad」はイメージが逆です。

a big eater (大食漢)。a small farmer(小農場の経営者)。a heavy drinker(大酒のみ)。a light sleeper(眠りの浅い人)。an old boy(卒業生)。「a big man」は「大物」の意にもなりますし「大きな太った人」の意にもなります。「a small farmer」も「小さな農場経営者」と理解できないことはありません。

early/late は「限定用法」と「叙述用法」では意味が異なります。
an early/late train (朝の早い・夜の遅い電車)。「early riser」は「いつも早起きの人」。
The train is early/late.(電車は予定より早い・遅れている)

英語あれこれ(78) - present company excepted

(78)「present」は名詞の後に置かれたら「出席している」、名詞の前に置かれたら「現在の」の意になると大抵の本には書いてあります。例外はないのですか?

あります。慣用句で「present company excepted」(批判めいたことを口にする時に儀礼的につけ加える言葉。「ここにおられる方々は別としまして」)。

形容詞は原則として修飾する言葉の前に置かれます。「出席している」の意で名詞の後に置かれるのは話し手・書き手が「the …」と名詞を「特定」する意識が強くてその名詞を先に言ってしまい(書いてしまい)、特定するための仕掛けの1つである関係代名詞を使った表現からその関係代名詞とbe-動詞を省くようになったものと思います。慣用句ではそのような「特定」の意識が薄れ元々の語順に戻ったものと思います。

青春の輝き

The Carpenters の「青春の輝き」(英語のタイトルは「I need to be in love」)を聴きました。そしてこの歌は何について歌っているのだろうかと考えてみました。

歌の大筋を直訳風に追ってみます。

1番:
The hardest thing I’ve ever done
Is keep believing
There’s someone in the crazy world for me
The way that people come and go
Thru temporary lives
My chance could come and I might never know

今までで一番難しかったことは信じ続けることだった
この狂った世界の中に私のために誰かがいる
仮の一生を通して人々が出会いそして別れていく(この狂った世界)
私の機会はやって来るかもしれないが、(やって来たとしても)自分には決して分からないかも知れない

2番:
I used to say
“No promises, let’s keep it simple”
But freedom only helps you say goodbye
It took a while for me to learn
That nothin’ comes for free
The price I’ve paid is high enough for me

私はいつも「約束はなし、シンプルに行きましょう」と言っていた
しかし自由は別れを告げるのを助けるだけ
ただで手に入るものはないことを学ぶのに時間がかかった
私が払った代償は十分高くついた

3番:
I know I need to be in love
I know I’ve wasted too much time
I know I ask perfection
Of a quite imperfect world
And fool enough to think that’s what I’ll find

私は愛の中にいる必要があることを知っている(又は「私は恋をしている必要があることを知っている」)
私は余りにも多くの時間を無駄にしたことを知っている
私は全く不完全な世界に完全さを求め、バカなことにそれが私が見つけるものだと思っていることを知っている

4番:
So here I am with pockets full
Of good intentions
But none of them will comfort me tonight
I’m wide awake at four a.m.
Without a friend in sight
Hanging on a hope but I’m alright

だからここでは私のポケットは良い心構えで一杯だ
しかしそのどれもが今夜は私を慰めてくれないであろう
朝の4時に、見えるところには友が1人も見当たらず、ぱっちりと目が覚めている
1つの希望にすがって、しかし私は大丈夫

5番:6番(繰り返し)
I know I need to be in love
I know I’ve wasted too much time
I know I ask perfection
Of a quite imperfect world
And fool enough to think that’s what I’ll find

著者には「I need to be in love」は「自分は(神の)永遠の愛の中に居る必要がある」の意だと思われて仕方がありません。そのように考えるとこの歌詞全体が分かり易いです。人間は愛されていると感じていることがとても重要です。この歌はそれに気付きその愛を求めている歌だと思います。


サイモンとガーファンクルの「Bridge Over Troubled Water」も神さまからの話しかけだと受け取っています( “I’ll lay me down like a bridge over troubled water” “I’ll comfort you” “I’ll ease your mind” 等は神さましか言えない言葉だと思います)。「Amazing Grace」は賛美歌そのものです(grace は「神の恵み」。“I was once blind, but now I see”は余りに有名)。

今日は日曜日。キリスト教徒たちは教会にお祈りに行く日。私は家で心静かに祈ってみたいと思います。
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