「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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2014年10月

悪魔の誘惑

ヨハネが訪れてきたイエスに畏れながらも洗礼を授けたことは前に書きました。イエスが洗礼を受けて水の中から上がると、神の霊が鳩のように自分の上に降ってくるのを見ます。その時「Then a voice said from heaven, “This is my own dear Son, with whom I am pleased.(「『これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が天から聞こえて来ました。」

それから、イエスは「霊」に導かれて悪魔の住処といわれるユダの荒野に行きます。ユダの荒野は死海の西に広がる荒涼とした砂漠地帯ですが、その多くに緑が見られ1年のある時期には放牧も可能な地帯だったようです。

そこで悪魔の誘惑を受け、ことごとく聖書の言葉を引用して退けます。「40」日間の絶食の後です。最後の場面は手塚治虫の「ファウスト」にも出てきます。

“If you are God’s son, order these stones to turn into bread.(「神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ」)” → “The scripture(聖書)says, ‘Human beings cannot live on bread alone, but need every word that God speaks.(「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」’”

それから悪魔はイエスをエルサレムに連れて行き、神殿の屋根の端に立たせます。

“If you are God’s son, throw yourself down, for the scripture says, ‘God will give orders to his angels about you; they will hold you up with their hands, so that not even your feet will be hurt on the stones.(「神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える』と書いてある」)” → “But the scripture also says, ‘Do not put the Lord your God to the test.(「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」)

最後に悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世の全ての国々の繁栄ぶりをみせて言います。

“All this I will give you, the Devil said, “if you kneel down and worship(拝む)me.”(もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう)→”Go away, Satan! The scripture says, ‘Worship the Lord your God and serve only him!’”(「『退け、サタン。あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ』と書いてある。」

ここで悪魔は遂に退散したのです。

イエスの幼少期

ヘロデ王の死後ヨセフ一家はエジプトから戻りナザレに居を構えました。父のヨセフは大工でしたので、多分イエスも聖書で語られるようになる30歳までは大工をしていたものと思われます。

新約聖書にはイエスの幼少期のことはほとんど出て来ません。その数少ない逸話の1つが「ルカによる福音書2:41−52」の中で語られるイエス12歳の時「過越祭」でエルサレムに連れて来られた時の逸話です(「神殿での少年イエス」)。

41 Every year his parents went to Jerusalem for the Feast of the Passover(過越祭). 42 When he was twelve years old, they went up to the Feast, according to the custom. 43 After the Feast was over, while his parents were returning home, the boy Jesus stayed behind in Jerusalem, but they were unaware(気付かない)of it. 44 Thinking he was in their company, they traveled on for a day. Then they began looking for him among their relatives and friends. 45 When they did not find him, they went back to Jerusalem to look for him. 46 After three days they found him in the temple courts, sitting among the teachers, listening to them and asking them questions. 47 Everyone who heard him was amazed at his understanding and his answers. 48 When his parents saw him, they were astonished(驚いた). His mother said to him, "Son, why have you treated us like this? Your father and I have been anxiously searching for you." 49 "Why were you searching for me?" he asked. "Didn't you know I had to be in my Father's house?" 50 But they did not understand what he was saying to them. 51 Then he went down to Nazareth with them and was obedient(従順な) to them. But his mother treasured(を心にしまっておく) all these things in her heart. 52 And Jesus grew in wisdom and stature(身長), and in favor with God and men. (41さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。42イエスが十二歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に上った。43祭りの期間が終わって帰路についたとき、少年イエスはエルサレムに残っておられたが、両親はそれに気づかなかった。44イエスが道連れの中にいるものと思い、一日分の道のりを行ってしまい、それから、親類や知人の間を捜し回ったが、45見つからなかったので、捜しながらエルサレムに引き返した。46三日の後、イエスが神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておられるのを見つけた。47聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた。48両親はイエスを見て驚き、母が言った。「なぜこんなことをしてくれたのです。御覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです。」
49すると、イエスは言われた。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」50しかし、両親にはイエスの言葉の意味が分からなかった。51それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった。母はこれらのことをすべて心に納めていた。52イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人とに愛された。)

また「マタイによる福音書 12:46−50」には次のようにあります。

46 イエスがなお群衆に話しておられるとき、その母と兄弟たちが、話したいことがあって外に立っていた。47 そこで、ある人がイエスに、「御覧なさい。母上と御兄弟たちが、お話ししたいと外に立っておられます」と言った。48 しかし、イエスはその人にお答えになった。「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。」49 そして、弟子たちの方を指して言われた。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。50 だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である。」

このような逸話をベースにしてイエスと家族との間には「距離」があった(愛されていなかった)と主張している方もおられるようですが、素直に読めばイエスは両親、兄弟、姉妹に愛されていたと思えます。神の子イエスは「愛」を説いたわけですが、著者は人の子イエスは人の愛を感じて幼少期を生きていたと解釈したいです(人間は自分で経験しないことには何事にも思い至らないと思っていますので)。

ベネデイクト16世が「ナザレのイエス」という本を出版しています。神学的考証を参考にされたい方は一読されたら如何でしょうか。

洗礼者ヨハネ

イエスに洗礼を授けたのはヨハネです。ヨハネはエルサレムの祭司ザカリアとエリザベツとの間に神の意思で出来た子です(エリザベツは不妊の女で且つ年を取っていました。イエスの母マリアとは従姉妹の関係です)。

ヨハネの宣教活動については「マタイによる福音書3:1−12」に次のように記されています。新約聖書では有名な箇所の1つです。

At that time John the Baptist came to the desert of Judea and started preaching(伝道すること). “Turn away from(を追い払う)your sins,” he said, “because the Kingdom of heaven is near!” John was the man the prophet(預言者) Isaiah was talking about when he said, “Someone is shouting in the desert, ‘Prepare a road for the Lord; make a straight path for him to travel!’ “ John’s clothes were made of camel’s hair; he wore a leather belt around his waist, and his food was locusts(イナゴ) and wild honey. People came to him from Jerusalem, from the whole province(領域:不可算名詞) of Judea, and from all over the country near Jordan River. They confessed(告白した) their sins, and he baptized(に洗礼を授けた) them in the Jordan(ヨルダン川). When John saw many Pharisees(パリサイ派の人々) and Sadducees(サドカイ派の人々) coming to him to be baptized, he said to them, “You snakes – who told you that you could escape from the punishment God is about to send? Do those things that will show that you have turned from your sins. And don’t think you can escape punishment by saying that Abraham is your ancestor(祖先). I tell you that God can take these rocks and make descendants(子孫) for Abraham! The ax is ready to cut down the trees at the roots(根元で木を切り倒す); every tree that does not bear good fruit will be cut down and thrown in the fire. I baptize you with water to show that you have repented(悔い改める), but the one who will come after me will baptize you with the Holy Spirit and fire. He is much greater than I am; and I am not good enough even to carry his sandals. He has his winnowing(識別する) shovel with him to thresh(脱穀する) out all the grain. He will gather his wheat into his barn, but he will burn the chaff(もみ殻) in a fire that never goes out.”(そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言った。これは預言者イザヤによってこう言われている人である。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、 その道筋をまっすぐにせよ。』」ヨハネは、らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていた。そこで、エルサレムとユダヤ全土から、また、ヨルダン川沿いの地方一帯から、人々がヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。ヨハネは、ファリサイ派やサドカイ派の人々が大勢、洗礼を受けに来たのを見て、こう言った。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる。」)

上記でヨハネはファリサイ派やサドカイ派の人々を痛烈に批判しているのでエッセネ派に属していたものと思われます。

ヨハネは、やがて訪れてきたイエスに畏れながらも洗礼を授けます。彼はヘロデ王が兄弟の妻であるヘロデアを自分の妻にしたことを痛烈に批判し、捕らわれの身となり、ヘロデアの娘サロメの優雅な踊りの褒美にヘロデが何でも与えると約束した結果、ヨハネを憎んでいたヘロデアの入れ知恵で首をはねられてしまいます(この場面もよく知られています)。イエスの水先案内人の役を果たしたヨハネはこうして命を落としました。

イエスの誕生前夜

イエスが誕生する直前のユダヤ地方はメシア(救世主)を待ち望む風潮がありました。

紀元前63年にユダヤ地方はローマの属州となりました。その支配者がヘロデです。父の代からローマに取り入っていたヘロデは、そのローマ軍の援助を受けて紀元前37年にエルサレムを手に入れます。彼の得た領土は南のユダヤから、新約聖書にもよく顔を出すサマリア、ガラリアを含む大きなものです。彼はローマに対して絶対的な忠誠を誓うことで王位を維持し続けました。

ヘロデの治世は安定しており、ヘロデはローマの援助を受けて大規模な土木工事を次々に行いました。しかし、その陰には重税があり、加えて彼はユダヤ人でなかったことから国民の受けは決して良くはありませんでした。

社会の変化に伴って、ユダヤ教にも変化が表れてきました。ローマの影響でヘレニズム哲学(個人主義・世界市民主義的色彩が濃いと言われています)が流入してきましたが、それとユダヤ教を融合しようとする動きがある一面、律法を文書化して伝統を保全する動きも出てきました。この結果、民族団結の象徴であったユダヤ教は次第に分派を始めました。

■サドカイ派
(1)神殿に拠って権力者たちと結託していた祭司のグループ。富裕層の支持が多かったようです。
(2)霊魂の不滅や死者の復活、天使の存在を否定しており、ファリサイ派との論争の種になっていました。
神殿の権威を笠に権勢を誇ったサドカイ派でしたが、ローマ軍によるエルサレム神殿の破壊(70年)と共に、よるべき場所を失い、消滅しました。このため、ライバルであったファリサイ派がユダヤ教の主流となっていくことになります。

■ファリサイ派
(1)貧困者に支持者が多かったようです。
(2)ヘレニズム文化に対して否定的。
(3)民衆の中に入ってモーゼの律法の精神を生きるよう説いていました。

端的に言うなら、「神殿による権威主義的なサドカイ派」と「民衆の間にいることを目指した民主的なファリサイ派」と表現することができるでしょう。神殿の崩壊後、神殿に拠っていたサドカイ派が消滅したため、ファリサイ派がユダヤ教の主流派となって行きました。こうして会堂に集まって聖書を読み、祈りを捧げるというファリサイ派のスタイルが、ユダヤ教そのもののスタイルとなっていったのです。

■その他「エッセネ派(世俗から離れ、修道院に似た生活)」「熱心党(反ローマの武力闘争を始めた急進派)」がありました。

このような状況下で、イエス誕生前夜のユダヤ人には、自分たちを解放してくれるメシア(救世主)を待ち望むという風潮が育まれていました。

新約聖書(New Testament)

このシリーズの最初に書いたように、神と人間との古い契約の書が「旧約聖書」であり、新しい契約が「新約聖書」です。27の文書からなり、原本はすべてギリシャ語で書かれていますが、今日では世界各国の言語に翻訳されており、日本語訳では「新共同訳」が主流だと思います(今後ここでは、特に断りがない場合はすべて「新共同訳」によります)。ボリューム的には旧約聖書の約四分の一です。

時代としては、今から2000年程前の約100年間に書かれたと言われています。

「新約聖書」の構成としては、最初にマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる4つの福音書(イエスの言行録)があり、次に初代の使徒たちの宣教活動が記されている「使徒言行録」、指導者たちによって書かれた宣教目的の「書簡」が続きます。そして、世の終わりを克明に描写した「ヨハネの黙示録」が最後に置かれています。

4つの福音書は、イエスが義と愛による神の支配を巧みなたとえ話を使って人々に語り、当時のユダヤ教がひた走りつつあった律法主義批判を強烈に行った様子を書いています。弟子たちは、その教えを記憶と想起によって伝道しました。その様子が書かれているのが「使徒言行録」「書簡」です。

新約聖書の場は、イエスの活動についてはパレステイナが中心で、弟子の時代になってその活動範囲がローマの支配する地中海に広がって行きます。

次回から各論に入って行きますが、ここではマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる福音書でよく知られているイエスの言葉を紹介します。

マタイ16:24
Then Jesus said to his disciples(弟子たち), “If any of you want to come with me, you must forget yourself, carry your cross, and follow me.”(それから、弟子たちに言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」)→著者注:「carry」は「・・・を運ぶ」の意ですから、必ずしも「背負って」ではありません。新共同訳は、多分、イエスが背負った十字架を意識したからではないかと思います。「自分の十字架を(手に)取って」位に訳せば理解しやすいと思います。

マルコ14:36
“Father,” he prayed(祈った), “my Father! All things are possible for you. Take this cup of suffering away from me. Yet not what I want, but what you want.” (「アッパ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」)→著者注:イエスがゲッセマネで祈ろうとしていたところ、ひどく恐れてもだえ始め、地面にひれ伏して、できることなら、この苦しみの時が自分から過ぎ去るようにと祈り、神に向かって言った言葉です。その直後ユダに裏切られ、逮捕されます。

ルカ 1:38
“I am the Lord’s servant,” said Mary; “may it happen to me as you have said.” And the angel left her. (マリアは言った。「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」 そこで、天使は去って行った。→著者注:マリアがイエス懐胎の知らせを受けた場面です。

ヨハネ3:16
For God loved the world so much that he gave his only Son, so that everyone who believes in him may not die but have eternal life. (神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである)→著者注:日本のキリスト教信者の人気No.1の箇所。
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