「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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2014年11月

イエスの復活と昇天

処刑のあった日の夕方、イエスの弟子で金持ちであったヨセフという人がピラトの許可を得て、イエスの遺体を受け取り、きれいな亜麻布に包み、岩に掘った自分の新しい墓の中に納め、墓の入り口には大きな石を転がしておいて立ち去り、明くる日、ピラトは墓の石に封印をさせ、番兵に見張らせました。

ここから有名な「イエスの復活と昇天」の物語は始まるのですが、4つの福音書の中では「マタイによる福音書」と「ヨハネによる福音書」は「昇天」については直接的には触れていませんので、この辺りのことを一番詳しく書いている「ルカによる福音書」に従って触れてみたいと思います。

婦人たちは安息日には掟に従って休み、週の初めの日の明け方早く、準備しておいた香料を持って墓に行ったところ、石は墓のわきに転がしてあり、中に入ってみるとイエスの遺体は見当たりませんでした。すると、2人の天使が現れ、「なぜ、生きておられる方を死者の中に捜すのか。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガラリアにおられたころ、お話になったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか」と言います。

婦人たちはイエスの言葉を思い出し、墓から帰って使徒たちに、このことを告げたが、ペトロ以外は信じなかったようです。ペトロは墓に走り、このことを確認します。

それから、イエスは色々の場所で弟子達の前に姿を現します。色々の出来ごとを経て弟子たちはイエスが本当に復活したことを信じることとなります。イエスが最後に弟子達の前に姿を現したのは十一人の使徒たちが食事をしている時でした。それでもまだ信じていなかった者もいたのでイエスは魚を食べてみせました。

イエスはそれから彼らをベタニアまで連れて行き、手を上げて祝福します。そして祝福しながら天に上げられていきました。イエスの昇天です。

マタイによる福音書では、イエスの指示に従い十一人の使徒たちはガラリアに行き、指示された山に登り待っていると、イエスが現れて「全世界に布教し、洗礼を授けなさい」と告げたとあります。

この場面を英語でご紹介。
The eleven disciples(使徒) went to the hill in Galilee where Jesus had told them to go. When they saw him, they worshiped(を敬う) him, even though some of them doubted. Jesus drew near and said to them, “I have been given all authority in heaven and on earth. Go, then, to all peoples everywhere and make them my disciples; baptize(に洗礼を授ける) them in the name of the Father, the Son, and the Holy Spirit and teach them to obey everything I have commanded(に命じる) you. And I will be with you always, to the end of the age.”

「父と子と聖霊の御名によって、アーメン」という言葉は耳にされたことがあると思いますが、これが起源です。

十字架の道行

カトリック教会には、イエスの不正な裁判から十字架の死に至る歩みを、14場面に描いた絵画やレリーフなどが聖堂内に並べて掛けてありますが、それぞれを"留(りゅう)"といいます。 世界各地に「十字架の道行」を実際に再現してある場所がいくつかあります。著者もアルゼンチンにあるその1つを実際に体験したことがあります。

死刑判決のあった翌日に執行というスピードでイエスは十字架に磔られたわけですが、死刑が執行され埋葬されたゴルコタの丘(「されこうべの場所」の意)までの道行を「マタイによる福音書」をベースに簡単に辿ってみましょう。

ピラトの兵士たちはイエスを総督官邸に連れて行き、部隊の全員をイエスの周りに集め、イエスの着ているものをはぎ取り、赤い外套を着せ(マルコによる福音書では「紫の外套」)、茨で冠を編んで頭に戴せ、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、「ユダヤ人の王、万歳」と言って、侮辱しました。また、唾を吐きかけたり、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けました。そして外套を脱がせて元の服を着せて十字架を担がせました。一説によると、その十字架は70キロもあったそうです。紫色はユダヤ王族の色、茨の冠は皇帝が凱旋するときかぶる月桂樹、葦の棒は王の持ち物である「笏(しゃく)」を表しているのだそうです。

イエスは途中何度も倒れましたが、都度ローマ兵の怒声と鞭、人々の罵声と嘲笑で更に痛め付けられ途中で力つきます。ローマ兵たちは途中で出会ったシモンという名のキレネ人(ユダヤ人から迫害を受けていました)に十字架を無理に担がせました。

ゴルコタにつくと兵士たちはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服をわけあい、そこに座って見張りをしていました。イエスの頭の上には「これはユダヤ人の王イエスである」と書いた罪状書きを掲げました。

折から、イエスと一緒に2人の強盗がイエスの左右で十字架につけられていました。マタイによる福音書では2人ともイエスを罵ったとありますが、「ルカによる福音書」では1人はイエスを罵ったが、もう1人は「自分達は本当に悪いことをしたのだから仕方がないが、この方は悪いことは何もしていない。」とたしなめ、そしてイエスに向かって「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」といいました。イエスは「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言います。

昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続きました。三時ごろイエスは「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」(「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」の意)と叫んで息が絶えます。その時、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つにさけ、地震が起り、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返ったのです。百人隊長やイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、「本当に、この人は神の子だった」と言った。

またそこでは、大勢の婦人たちが遠くから見守っていました。ガラリアからイエスに従って来て世話をしていた人々です。その中には後で出てきますが、マグダラのマリアもいました。

夕方になると、イエスの弟子で金持ちであったヨセフという人がピラトのところに行って「イエスの遺体を受け取りたい」と申し出て許可されました。ヨセフはイエスの遺体を受け取ると、きれいな亜麻布に包み、岩に掘った自分の新しい墓の中に納め、墓の入り口には大きな石を転がしておいて立ち去りました。マグダラのマリアともう1人のマリアとはそこに残り、墓の方を向いて座っていました。

明くる日、祭司長たちとファリサイ派の人々はピラトのところに来て、墓を見守るよう要請します。ピラトは命じて、墓の石に封印をし、番兵に見張らせました。

「ルカによる福音書」で強盗の1人がもう1人をたしなめる場面を英語で紹介します。
The other man, however, rebuked(を強く非難する) him, saying, “Don’t you fear God? You received the same sentence(判決) he did.
Ours, however, is only right, because we are getting what we deserve for what we did; but he(イエスのこと) has done no wrong.”
And he said to Jesus, “Remember me, Jesus, when you come as King!”
Jesus said to him, “I promise you that today you will be in Paradise with me.”

イエスのスピード裁判

ユダの裏切りにより過越祭の夜にゲッセマネで捕えられたイエスは、人々により大祭司カイアファの家に連れて行かれます。カイアファはユダヤの大祭司(在職期間は紀元18〜36年)でイエス殺害計画の首謀者と言われています。大祭司はユダヤ最高法院(サンヘドリン=ローマ帝国支配下のユダヤにおける最高裁判権を持った宗教的・政治的自治組織。71人の長老たちから構成された)の議長でもあり、イエスの裁判も指揮しました。大祭司カイアファの家にはユダヤ最高法院の全議員がイエスの裁判を行うために待ちかまえていました(ユダに金を与えて裏切らせたのも最高法院のメンバー達でした)。この裁判は最初からイエスを死刑にするためのものだったのです。こうして裁判が開かれ、偽証者は何人も現れましたが、証拠は得られませんでした。しかし、カイアファはそんな偽証についてもイエスに弁明を求めました。イエスは黙り続けていました。

「生ける神に誓って我々に応えよ。お前は神の子、メシア(救世主)なのか」とカイアファは言った。
「それは、あなたが言ったことです。しかし、わたしは言っておく。あなたたちはやがて、人の子が全能の神の右に座り、天の雲の上に乗って来るのを見る」とイエスは答えた。
そこで、大祭司は服を引き裂きながら言った。「神を冒涜した。これでもまだ証人が必要だろうか。諸君は今、冒涜の言葉を聞いた。どう思うか」。
人々は、「死刑にすべきだ」と答えた。
そして、イエスの顔に唾を吐きかけ、こぶしで殴り、ある者は平手で打ちながら、「メシア、お前を殴ったのはだれか。言い当ててみろ」と言った。(マタイによる福音書26章から抜粋:新共同訳)

この福音書の下りは特にファリサイ派の人々のイエスへの激しい敵意を表していると言われています。「服を引き裂く」のも「怒り」の仕草だと思います。

この裁判の後、イエスはローマ帝国ユダヤ総督ピラトに引き渡されました。これは当時のサンヘドリンには死刑をおこなう権限が与えられていなかったからです。サンヘドリンはもともと死刑を含む罪を執行する権利を持っていましたが、紀元30年ごろ、ローマの指示によって死刑の執行を禁止されていたのです。「使徒行伝」によれば使徒ペトロ、ヨハネ、ステファノ、パウロといった人々もいずれもキリストの教えを広めた罪でサンヘドリンに引き出されています。

ローマ帝国ユダヤ総督ピラトはイエスを尋問しましたが、その罪状はユダヤ最高法院(サンヘドリン)による嫉妬・反感に根差すものだと感じました。しかし、自らの判断を避けようとして、エルサレムに滞在していたイエスの故郷であるガリラヤの統括者であるヘロデにイエスの身柄を委ねますが、ヘロデもイエスの罪状を認めず、イエスをピラトのもとに送り返します。困ったピラトは、当時過越祭の際には囚人1人を恩赦する習慣があったので、これを利用してイエスを恩赦することを考えました。しかしユダヤ最高法院(サンヘドリン)に煽動された民衆はイエスではなく本当の反逆人であるバラバの無罪を叫び、ピラトは水で手を洗い(水で手を洗うということは、この件は自分とは関係ないということを表す習慣でした)、責任は自分にはなく民衆にあると宣言して、イエスをローマの政治犯の刑罰である磔の判決を下します。

このようにしてイエスの裁判は異例のスピード決着を見たのでした。

上記のマタイによる福音書26章から抜粋部分を英語でご紹介します。
Again the High Priest(ユダヤ教・モルモン教の大祭司) spoke to him, “In the name of the living God I now put you under oath(誓い): tell us if you are the Messiah, the Son of God.”
Jesus answered him, “So you say. But I tell all of you: from this time on you will see the Son of Man sitting at the right side of the Almighty and coming on the clouds of heave!”
At this the High Priest tore his clothes and said, “Blasphemy(不敬、冒涜)! We don’t need any more witnesses(証人)! You have just heard his blasphemy! What do you think?”
They answered, “He is guilty and must die.”
Then they spat in his face and beat(過去形)him; and those who slapped(をぴしゃりと打つ) him said, “Prophesy(神託を伝える)for us, Messiah! Guess who hit you!”

最後の晩餐―ユダは何故イエスを売ったか?

イエスは逮捕される直前に12人の使徒とともに夕食の席につきました。これが有名な「最後の晩餐」です。ダ・ヴィンチが描いた『最後の晩餐』では、イエスが正面に描かれていますが、その左隣がヨハネ、次がペテロ、そして次がユダです。

現在も裏切り者の代名詞のように使われているユダですが、もともとは弟子の中では理性的でペテロと並ぶリーダー格であって、会計を任されていたようです。

そのユダが何故裏切ったかは4つの福音書で夫々異なる叙述となっています。

(1) マタイによる福音書:
Then one of the twelve disciples – the one named Judas Iscariot – went to the chief priests and asked, “What will you give me if I betray Jesus to you?” They counted out thirty silver coins and gave them to him. From then on Judas was looking for a good chance to hand over to them.
文字通り受け取れば。「金に目が眩んだ」ということでしょう。
(2) マルコによる福音書:ユダガ金でイエスを売る約束をしたことが書かれています。
(3) ルカによる福音書:ユダは金でイエスを売る約束をしましたが、その前に次の記述があるところが上記2つの福音書と異なります。
Then Satan entered into Judas, called Iscariot, who was one of the twelve disciples.
「サタンによる操り」ということです。
(4) マルコによる福音書:
He said this, not because he cared about the poor, but because he was a thief. He carried the money bag and would help himself from it.
人が悪いことをするのは、当時はサタンが人間の体内に入ってきてそうさせると信じられていましたので、やはり「サタンによる操り」ということだと思います。

その後、ユダは罪の意識に苛まれ、貰ったお金を返却した上で血を流して死にますので、著者は「人間にはいつも悪魔がささやいてくる」というイエスの忠告であり、裏切られることを知った上で、人間の罪を購うためにイエスは十字架の上で死んでいったものと考えています。

何故イエスはユダヤ教徒を指導していた人々によって弾圧を強められて行ったのか?

イエスは「神の国」の布教を行うと共に、一方では数々の奇跡を起こしていき、民衆の中で人気を博していきます。

イエスも元々はユダヤ教であったハズですが、イエスの「キリスト教」と「ユダヤ教」とは、どんな違いがあったのでしょうか。ザックリ言えば次の2つに集約できます。

(1) 1つは「救世主(メシア)」に対するイメージの違いです。ユダヤ人の多くは、ローマや他の国々に対抗できるユダヤ人国家の成立を期待していたので、それを実現出来る人を「救世主(メシア)」としていた訳です。一方イエスの唱える「神の国」はユダヤ人だけではなく全人類に向かってのものでした。キリスト教ではイエスが「救世主(メシア)」です。
(2) もう1つは律法に対する考え方の違いです。当時のユダヤ教は些細なことまでおろそかにせず守り抜くことを重視していました(一説にユダヤ人が毎日守るべきことは613項目もあったとのことです)。一方イエスは律法の本質的なところに目を向けていました。新約聖書を読むと、至るところで両者の意見の衝突が見られます。

イエスとその敵対者の論争のうち2つだけ紹介します。
(1) 出来事:イエスの弟子の中に手を洗わず食事をしている者がいた。
敵対者の主張:なぜあなたの弟子は律法に従わず汚れた手で食事をしているのか。
イエスの反論:外から人の体に入るもので人を汚すものはなく、人の体の中から出るもの(みだらな行い、殺意、盗み、詐欺、ねたみ、傲慢などを指すものと考えられます)が人を汚すのである。
(2) 出来事:イエスが人々に嫌われていた徴税人の家で罪人(実情は律法を守れなかった病人)とともに食事をしました。
敵対者の主張:どうして憎むべき徴税人や罪人と食事をするのか。
イエスの反論:医者を必要とするのは丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。

このようにイエスは律法学者や主としてパリサイ派の人々に反論、時として厳しく批判しました。イエスの発言は、彼らから見れば人々を惑わし神を汚すものでしたが、イエスの発言は弱者を中心に浸透して行き、彼らにとって見過ごすことのできないものになって行きます。

この後イエスを捉える策略が敵対者の間で練られ、「最後の晩餐」を経てイエスは逮捕され、裁判に掛けられ死刑判決を受け、「十字架の道行」へとつながっていきます。

上記(1)の論争はマタイによる福音書の15章の1節―20節に載っていますが、最初の部分だけを英語でご紹介します。
Then some Pharisees(パリサイ派の人々) and teachers of the Law(律法家たち) came from Jerusalem to Jesus and asked him, “Why is it that(・・・とはどういうことか) your disciples(弟子たち) disobey(に従わない) the teaching handed down(伝えられている) by our ancestors(祖先)? They don’t wash their hands in the proper(適切な) way before they eat!”

パリサイ派の人々と律法家たちがイエスのところにやってきたのは、勿論、イエスを陥れるための言質を取るためでした。
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