「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

Thank You for Visiting Me! 「英語赤ひげ先生」による「知っている英語」を「使える英語」にするための「理論」と「教材」を一挙に無料公開しています。

2015年03月

英文法の見える化(57)−「・・・で」

日本語の「・・・で」は広辞苑によれば、
動作の行われる所・時・場合を表す(例えば「家の中で遊ぶ」)
手段・方法・道具・材料を示す(例えば「電車で行く」「ラジオで知った」「ペンで書く」「木と紙でできた家」)
理由・原因を示す(例えば「かぜで休む」)
事を起こした所を示す(例えば「君の方で答えてくれ」)
期限・範囲を表す(例えば「明日で公演は終わりです」)
配分の基準を表す(例えば「1時間で4キロ歩く」)
等多様な使われ方をします。

英語では同じ「・・・で」でも、頭の中の絵をよく見て、それに相応しい表現を選択する必要があります。

は「in, on, at」のどれかを使えば、少なくとも「アバウト」な絵は送ることが出来ます。これは応用範囲が広いので常に意識して下さい。
の中で「手段・方法」は「by」、「道具」は「with」と覚えておくとよいでしょう。ある英英では「by」を「used for showing how or in what way something is done」と説明し次の例文を載せています。
The house is heated by gas.
May I pay by check?
I will contact you by letter.
to travel by boat / bus / car / plane(以上「手段・方法」が無冠詞であることに留意)
Switch it on by pressing this button
「手段・方法」でも「私の車で行った」というような場合は「より具体的な絵(イメージ)」が意識され「in my car」が使われます。

一方「with」は「using something」と説明され、例文としては次が載っています。
Cut it with a knife.
It is treated with acid before being analyzed.

「材料」は「with」が使われますが(例えば「make a cake with eggs」⇒材料の一部だけを示しています)、材料が原形をとどめていない場合は「from」、その形状をとどめる場合は「out of」「of」を使うといわれていますが「from」と「out of」「of」の区別はあいまいだとも言われています。
Coffee is made from coffee beans.(コーヒーはコーヒー豆から作られる)
a house made out of stone(石造りの家)

「ラジオで知った」は「how」に対応するものですが「over the radio」で表現されます。

は通例「because of」「due to」「owing to」等を使います。
の「君の方で答えてくれ」は細かいニュアンスを除けば「君が答えろ」でいいでしょう。
の「明日で公演は終わりです」も細かいニュアンスを除けば「公演は明日終わります」でいいでしょう。
の「1時間で4キロ歩く」は「walk four kilometers (per) an hour」。

以上、日本語と英語は「1対1」で対応していない例の1つです。「頭の中の絵(イメージ)」を素直に英語にしていくことが大切です。

英文法の見える化(56)−「彼は私の腕をつかんだ」

時を表す定番表現にも「英文法」が働いていることを意識頂くために、前々回は「今から3時間以内に」、前回は「一番右に」等の表現をご紹介しました。今回は「体の部位」を表す副詞句をいくつか紹介します。

「彼は私の腕をつかんだ」という場合は英語特有の表現で「彼は私をつかまえた」「腕のあたりで」という表現をします。「He caught me by the arm.」。

「by」は「手段」を表すこともできます。例えば「私はバス通学です」なら「I go to school by bus.」です。この延長線上で捉えて「He caught me by the arm.」のイメージを「腕をつかむことで私をつかまえた」であると解説してある英文法書がありますが、著者の感覚とは異なります。「by」は元々「at」とか「near」という「場所」を表すイメージが原義です。「Stand by me.」は「私のそばに立って」です。受動態で行為者を表すのに「by」が使われるのも行為者が被行為者のそばに居るイメージだからだと著者は思っています。「彼女は頭・顔を打たれた」は「She was hit on the head / in the face.」と「場所」を表す前置詞が使われます。「in the face」は「顔」「顔面」という日本語があてはまるように「面」という空間が意識されて「in」が選択されるものと思います。

英文法の見える化(55)−「一番右に」

時を表す定番表現にも「英文法」が働いていることを意識頂くために、前回は「今から3時間以内に」等の表現をご紹介しました。今回は写真・絵などを見て説明するのに役立ちそうな「場所」を表す副詞句をいくつか紹介します。

先ず「右に」「左に」「真ん中に」です。
「右に」「左に」は夫々「on the right」「on the left」と「on」を使います。「その家の右に」と言う場合、どこまで行っても右は右です(即ち囲われた「空間」は意識されない)ので「接触」のイメージを持つ「on」が選択されます。
「真ん中に」は「右」と「左」に挟まれた「空間」が意識されるので「in the middle」と「in」が選択されます。

次に写真などで「一番右に」と言いたい時ですが「at the far right」と言います。「一番右に」は「点」のイメージですので前置詞は「at」が選択されます。「一番右」は「誰でも分かる遠くの右」ということで「the far right」。「最前列の一番右に」なら「at the far right of the front row」、「最後列の一番右に」なら「at the far right of the back row」、「最前列の真ん中に」なら「in the center of the front row」と、やはり「空間」が意識された表現になります。

「右から2番目・3番目」は「second / third from the right」。この場合の「second / third」は副詞です。

「部屋のすみにストーブがある」は「There’s a stove in the corner of the room.」のように、部屋の中から「すみ」を見て空間が意識されるので「in」が選択されます。「町かどの店」なら空間が意識できないので「a/the shop at/on a/the street」と「at」又は「on」が選択されるでしょう。

「我々はそのマンションの4階に住んでいます」は「We live on the fourth floor of the apartment house.」と前置詞は「on」。

英語教育

3月22日(日曜日)の日経「今を読み解く」欄は、英語教育と日本人についての本の紹介と若干の論評を加えたものである。執筆は斎藤兆史東京大学教授で、現在東京大学教育学部教育内容開発コース教授である。現在の日本における英語教育の問題点と対処法を考えるのに要領よくまとめられている。著者も30年近く社会人に英語回路構築トレーニングを行ってきているので、これに現場からの意見を付け加えてみたい。『』内は「今を読み解く」欄からの引用。

『日本の英語教育が迷走している。四半世紀「コミュニケーション」と唱え続けて救われないと悟ったか、今度は「グローバル」の大合唱だ。「グローバル化」=「英語化」で用いられている節がある』

著者も四半世紀日本の英語教育に関心を持って新聞・雑誌・著書等を読んできましたが「時々大々的に花火を打ち上げるが、結果として学校での英語教育の成果は全くと言っていいほど上がっていない」と感じています。

『日本語話者にとって英語習得は楽ではない。特に会話力の習得は困難を極める。日本語と英語が構造的にかけ離れているため、読み書きは理屈で対応できても、瞬時の音声・情報処理に頭がついていかないのだ』

「日本語と英語が構造的にかけ離れているため、瞬時の音声・情報処理に頭がついていかない」の部分は解説が必要かと思われます。

「日本語と英語が構造的にかけ離れている」というと、通例「英語はSVOなのに日本語はSOV、時にSも省かれる」とか「日本語は前から修飾するが英語は後ろからも修飾される(後置修飾)」のように「文」の構造の違いをイメージしますが、この問題は実は大した問題ではなく、社会人になってからでも若干の訓練を行えば解決されると思っています。

日本の学校における英語教育の最大の問題点は「日本語と英語の『音』の構造がかけ離れている」という視点で問題を捉えていないことです。或いは分かっているが現実の解決策がないので頬かぶりしているかです。音⇒発音のよさ⇒外国人講師の短絡思考が行ったり来たりしているように思われます。

先ず「音節」という概念を知って社会人になってくる人がほとんどないという実情があります。そのため日本人の英語発音はほとんど日本語の音節即ちローマ字読みになっています。「street」は1音節の単語ですが大抵は「su-to-ree-to」と4音節で発音します。ローマ字読みは各音節が母音で終わりますので「camera」は「ca-me-ra」で発音します(「キャメラ」)。英語では「cam-er-a」の音節で認識されますので「キャムラ」又は「キャマラ」のように聞こえます。「文は単語からなり、単語は音節から成り立っている」は英語の授業の最初に教えなければならない事項なのです。

「英語では、単独の単語は1音節が必ず相対的に強く発音される(1音節の単語では母音が強く発音される)」「しかし文中では前置詞、冠詞等は弱く発音される(弱形)ことは辞書では各語ごとに必ず明示されている」ということを知らない人がほとんどです。そのため「for」は「フォー」と発音します。弱形は「ファ」のように聞こえます。「・・・がある」という時に文頭で使う「There」はイギリス音では「the」と同じ音になります。決して「ゼア」とは発音しません。

このような音のシステムを完全に身につけられるのは、著者が子供をアメリカで育てた経験や駐在員たちの情報から、12歳位が限度だと言えそうです。ですから小学校からの英語教育導入では、極端に言えば、これだけに集中すべきです。一旦身(耳)についた音は一生忘れることはありません。「人間は自分が聞けない音は発音できないし、発音できない音は聞けない」のです。

『明治後期には、日本人の英語力不足の議論が始まった。英語学者の岡倉由三郎は「自宅自習」以外に名案がないと断じた』

著者は岡倉由三郎の著書を読んだことがないので、この『「自宅自習」以外に名案がない』の趣旨が分かりませんが、英語は全員に必要なものではないので他人の犠牲の上に成り立つ英語の全員教育はやるべきでない、という論調であったのではないかと推察します。この議論には立ち入りません。

『昭和後期以降、英語教育改革の主体が教育界から政財界に変わった』

政財界からは世界的な競争激化を受けて「即戦力の人材供給」を学校に求めたものであろうと推察します。会話力を含めた英語習得には物凄い時間が必要であるという「事実」を冷静に受け止めるならば、昨今の入試に「TOEFL」を使用するなどと言う主張は、今まで同様「花火」で終わるでしょう。政財界から求めるのなら『(社会人になってからは遅いので)「英語の音」だけは全員身につけさせて社会に送り出して欲しい』だけで十分ではないかと思います。

『生方昭夫氏は、長年東大で英語を教えた経験を踏まえ、文法・読解の訓練を嫌って小器用な英会話に憧れてもろくな英語力は身につかないと論じている』

著者は「文法・読解の訓練」の「訓練」に注目したい。「訓練する」ということは「使えるようにする」ということと同じです。「使える文法・読解」ということで著者も大賛成です。長年社会人を訓練してきて「単語・文法の知識の低い人は会話力の伸びも小さい、逆に高い人は伸びが早いし、より高い所まで伸びる」と断言出来ます。もし学校で「使える文法・読解」を身につけておれば、後は音声による訓練さえすれば会話も問題なくできるようになるということです(但し「英語の音」のシステムを身につけていないので時間がかかります)。ですから、小学校で「英語の音」を身につけ、中学・高校では(多人数相手でも出来る)文法・読解の訓練を行うのは合理的だと思われます(小学校で「英語の音」を身につけておれば、文法・読解の訓練を行う場合も、それが会話の練習にも資するハズです)。

『実際、英語教育における学習者の母語の役割は世界的にも認識されてきており、授業を英語によるコミュニケーションの場にするという現在の英語行政の方針は時代遅れと言ってよい』

確かに行政の発表する方針・指針にはやたらと「コミュニケーション」という言葉が散りばめられています。もしこれが授業を英語での会話の練習場にするという意味なら絶対に成功しないでしょう。使える語彙も少なく文法も生きて使えないのに会話をするということは、定型的なやりとりを暗記して発話することにしかならないでしょう。著者の経験からは「知識は日本語で付与し、訓練は英語のみで行う」というのが一番効率的です。現実の授業時間と1教室当たりの生徒数を現実のものとして受け入れるなら「知識は日本語で付与し、その知識を使えるようにする練習は英語のみで行う」しかないと思います。


『ドナルド・キーン氏は、外国語を極めるとは、その言語を用いている人たちの文化の理解も含めた大仕事だと語っている』

著者もそのように感じています。しかし、この目標を学校の授業に持ち込むのは幻想以外ないと思います。学校では英語そのものと、そこから必然的に感じることが出来る言語文化の違いを認識するだけで十分だと思います。文化理解はその後の各自に任せましょう。

英文法の見える化(54)−今から3時間後

時を表す定番表現にも「英文法」が働いています。

「今日」は「today」ですが、過去に遡って行くと「昨日」は「yesterday」、「一昨日」に相当する1語の英語はないので「the day before yesterday」と表現しますが、「day」を「before yesterday」が修飾し「特定」しているという意識で「the」を伴います。「一昨日」は「今」を基準にすれば「2日前」ですから「two days ago」でも表現できます。「一昨昨日」は、「昨日」を基準にして「two days before yesterday(ago は「今」を基準にする言葉ですから使えません)」または「three days ago」。

「今週」は「this week」。「先週」は「last week」。「先先週」は「the week before last」。

「今週の土曜日」は「this Saturday」。「先週の土曜日」は「last Saturday」。「先先週の土曜日」は「the Saturday before last」。「3週間前の土曜日」なら「今」を基準にして「three Saturdays ago」。

「今日」から先に向かって行くと「明日」は「tomorrow」、「明後日」は「the day after tomorrow」。「しあさって」は「(in) three days’ time」または「two days after tomorrow」。

「今から3時間後」は「in three hours’ time」。この「in」は「just in time」と同じ感覚の使い方です。時は流れて行きますが、その流れという時間の空間内で「今から3時間という時に」というイメージです。「今から3時間以内に」ならば「within three hours」。「after three hours」は「3時間は経過して」のイメージになります。
Archives
記事検索
livedoor プロフィール

eigoakahige

Categories
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ