「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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2019年03月

低すぎる最低賃金が人手不足の真の原因

著者はかって本ブログで「物価を上げるには法定の最低賃金をアメリカ並みに時給1500円にすればよい」と訴えたことがある。

日経ビジネス3月25日号「凄い人材確保」に、結果的にこれを補強してくれる記事が出ていたのでご紹介する。

パーソルグループのパーソル総合研究所と中央大学は2018年10月、「20年の日本の人手不足数は384万人」と推計した。一方、リクルート研究所によれば、会社に籍を置きながら事業活動に活用されていない人材である「雇用保蔵者」が約400万人いるという。日本の人手不足が深刻化しているのは、企業が本当の意味で生産性を高めていないからではないか――。日経ビジネス3月25日号「凄い人材確保」では、そんな人手不足の真実を研究した。

●生活費を考慮しない最低賃金

「低い最低賃金が人手不足を助長している」。静岡県立大学の中澤秀一准教授はそう主張する。生産性を高めるための企業努力よりも、安い人件費の労働者を活用する方が利益を得やすいため、多くの人材を浪費する非効率な仕事が減らないのだという。

法律によれば、最低賃金は「労働者の生活費」「類似の労働者の賃金」「通常の事業者の賃金支払能力」3つの要素を考慮して決めなければならないとある。だが、「実際には1つ目の労働者の生活費はほとんど考慮されていないようだ」と中澤准教授は話す。その証拠に、労働組合から依頼を受けて中澤准教授が調査したところ、各地の労働者が生活に必要な費用は最低賃金と大きく乖離していたのだ。

中澤准教授の調査では、健康で文化的な最低限度の生活水準として想定した生活を送るには、時給にして1500円以上が必要だと分かった(下線は著者)。現在の最低賃金は最も高い東京都で時給985円。5割以上もの開きがある。

労働者の生活に必要な賃金は地域によってほとんど変わらないことも分かった。日本では地域ごとに最低賃金が異なり、最も低い鹿児島県では時給761円だ。最低賃金の差は物価の違いなどと説明されることもあるが、生活に必要な食品や日用品の価格は全国どこでもほとんど変わらない(著者は地方に住む母の遠距離介護を10年程続けたが地方の物価は東京と変わらない)。都市部は家賃相場など住居にかかる費用が高いが、一方で公共交通機関が発達していて車の所有が必要なかったり、交通費が安価に済ませられたりする。こうした違いを考慮すると、生活に必要な費用は地域によってほとんど変わらないという。

中澤准教授が想定する生活水準が高すぎるわけでもない。時給1500円で想定しているのは、病気をせず、独身で子供のいない20代男性だ。地方在住で車を持つ場合は、軽自動車を7年落ちの中古で購入し、6年以上使う設定とした。家庭をもったり親の介護を補助したりする金銭的な余裕はない。

実際に生活に必要な水準よりも最低賃金が低いということは、国の経済水準に比べて過剰に安い労働力が存在するということだ。こうした状況では「本質的に生産性を高める投資が抑えられてしまう」(中澤准教授)という。
例えば、作業の一部を切り出して外部企業に委託し、業務コストを削減するというのは、「本来であればおかしいこと」(中澤准教授)だ。委託先の企業は依頼を受けて利益を得るのだから、その会社がよほど自動化や効率化で高い技術力を持っているか、自社の賃金が相場より飛び抜けて高くなければ、作業を委託しても業務コストはほとんど下がらないのが自然だ。

ところが、最低賃金が低いと、安い労働力を集められた企業が業務委託で利益を稼げてしまう。利益が出ても生産性が上がるわけではないので、労働市場全体で見れば業務量に対して投入している人材の数は変わらない。業務が実際には効率化していないので、市場への労働者の供給は増えないというわけだ(著者の経験でも地方の賃金は東京に比べれば本当に低い)。

かつて米フォードの創業者、ヘンリー・フォードは需要を高めるために、社員の賃金をT型フォードが買える水準まで上げたという。日本ではかつてのフォードと逆の現象が起きている。安い賃金で働いているため、自分が働いて提供する商品を買う消費者より、労働者自身の生活水準は低くなる。こうした労働者が増えると、消費者全体の購買力が低くなるため需要が落ち込む。経営が厳しくなって、企業はより安い賃金で社員を雇用しようとしかねない。格差の拡大につながるのだ。

●逆転した非正規と正規の賃金

契約社員やパート・アルバイト労働者に依存した事業というのも不健全かもしれない。厚生労働省が14年に発表した就業形態の多様化に関する調査によると、企業が正社員以外の労働者を活用する理由で最も多かったのは「賃金節約のため」(38.8%)だった。が、「欧州のコンジェントワーカーのように非正規労働者の方が正社員よりも賃金が高くあるべきという意見もある」(中澤准教授)。非正規労働者はあくまで一時的に不足した労働力を補うために雇用するものという考え方だ。

従来、こうしたパートやアルバイトといった非正規従業員は「家計の補助的な収入のための仕事とみなされ、生活できない水準の時給でも無視されてきた」(中澤准教授)。だが、厚生労働省の賃金構造基本統計調査によれば、労働者の4割が非正規で働いている。所得金額の階級別統計を見ても、時給1500円相当より低いとされる所得金額200万円以下が全世帯の36%(17年、国民生活基礎調査)を占める。

仕事のやり方や事業そのものを改革して生産性を高めるには大きな苦労が伴う。最低賃金が経済水準より低ければ、業務の一部をそうした低賃金の労働者に任せることで見かけ上の生産性を高められてしまう。いわば、まやかしの生産性向上だ。

低賃金の労働者に依存したまやかしの生産性向上は、本質的に業務に従事する人材の数を減らさない。労働人口が減少し、人手不足が各地で叫ばれている現状を打開するには、「最低賃金を見直して、安い労働力に甘えていた状況から脱却するべき」と、中澤准教授は訴えている。

著者は中澤准教授説に大賛成だ。今は基本的に人材不足。時給1500円に耐えられない企業が倒産しても働き口は絶対見つかる(明日一気に1500円にするわけではないので)。そして最低賃金は政府の一存で決められる。介護に携わる人の最低賃金は更にプラスする必要があるだろう。そうしないと社会の安定は保てなくなることが目に見えている。財源はどうするか?発想を変えて「捻出」するしかない。

「ペラペラ」ロボ 教壇に?

学校の教育現場には変革の時期がきているようです。特に外国語教育とプログラミング教育は従来の教育とは異なる課題を持ちます。2020年度から新学習指導要領が実施され、小学3・4年生では「外国語活動」が、小学5・6年生では「英語の教科化」が完全実施となるため、多くの学校では火急の課題として準備が進められています。新聞でも、このところこれらの話題が大きく取り上げられています。

教える学校側では、英語を教える教員の育成が大きな課題となっているようです。
ALT(外国語指導助手)を採用し、生きた英語に触れさせる取り組みを行う学校も増えています。文部科学省の、平成28年度「英語教育実施状況調査」によると、小学校でのALT等の活用総数は12,424人となっており、前年より985人増加しています。一方で、ALTの採用には、月々の給与、渡航費、保険料なども加わり、1人あたり年間500万円程の費用が発生します。ネイティブな英語に触れさせたいという方針はありつつも、財政的にALT受け入れが困難となっている学校も少なくありません。

そこで試験的に導入されているのが「ロボット」による英語の授業です。
例えば、大牟田市では、現在市内にALTは1名しかおらず、ある小学校でのALTの授業参加も学期に2回のみとなっています。小型の人型ロボットNAOを導入することで、子どもたちに、より英語への親しみを持ってもらうことや、ネイティブの発音に触れる機会を増やすことを目的としてロボット導入を決めたようです。

著者も「ロボット」による実際の授業をネット上で見ました。「ロボット」の英語発音は完璧です。ですから、ALT活用の主目的がネイティブの発音を生徒に聞かせるのならばALTはコスパが悪いです。NAOの標準価格は 1,400,000円。日本人の先生の発話を先生が手にするスイッチ1つでNAOにやらせるなら上手くいくでしょう。

しかし、表題にあるように『「ペラペラ」ロボ 教壇に?』に「yes」と答えるには「ロボット」に不特定多数の英語発音を認識させるという訓練がまだまだ必要な気がしました。言いかえれば、「ロボット」は人間誰とでも1対1で会話が出来る段階にはないということです。

しかし、英語教育の場合は実際に会話しているところを生徒に見せることが重要との指摘もあります。教員とロボットが英語で会話しているところを見せることで、子ども達も楽しく会話のシーンを具体的に見ることができます。現時点では、ロボットと教員と英語の会話のやりとりを見せるだけでも、とても有効に活用できると感じています、というのはデモに参加した現場の先生の声。

授業の終わりにNAOがダンスを披露しました。二足歩行ができるヒト型ロボットのNAOが上手に踊る姿を見て歓声が上がっていました。これは、ロボットだからこそのメリットでしょう。

単に発音だけを伝えるのであれば、音声データのみでも可能です。このブログでも3月28日に書きましたが、今回検定教科書に指定されたものはQRコードなどを印刷し、音声や動画を視聴できるようになっています。ですから生徒は授業外でロボットの発音を繰り返し聞いたり、真似することができるようになっています。このロボットは、将来的には子どもたちの発音チェックや対話(その為にはロボットが不特定多数の音声認識ができるようになることが必要)も視野に入れているようなので期待が持てます。先生方には手に入る手段を上手に組み合わせて、自分の技量と相談の上授業を楽しく進めて欲しいものです。

英語―徒然なるままに(34)

「at once」

今まで「at once」の意は「直ちに」とばかり思っていました。
Now, go upstairs at once and clean your room!
When I saw him I recognized him at once.

しかし、立ち止まって考えると「at once」の文字通りの意味は「一度に」です。調べてみると「at once」には「at the same time」「together」の意もあることが分かりました。
I can’t do two things at once!
Don’t all talk at once.

ロングマン現代英英辞典によれは、日常会話では「at once」より「right away」「straight away(イギリス英語)」の方が頻繁に使われるとのことです。納得!!

小学校の英語教科書

2020年度から初めて小学校で使われることになる5、6年の英語教科書は、7社が申請し検定を受けた。著者もテレビでその一部を見た。基礎的な英単語や日常会話などを、豊富なイラストを交えて教えるほか、「聞く」「話す」を重視し、能動的な授業を進めるための工夫がなされているらしい。概要は次の通り(新聞の電子版から転用)。

新学習指導要領は、小学校卒業までに600〜700の英単語を学ぶとしている(著者の頃の中学必須単語は約1000だったのでそれに比べるとかなり多いが、野采名などは既に日本語化しているものもあり一概に比較はできない)。大半の教科書は、自己紹介などで英語を聞き、話す体験によって興味を引く導入部を置き、アルファベットの読み方と書き方、曜日や月、動植物を示す名詞、「走る」といった動詞、形容詞を覚えていく構成とした。また、「私は〜が好きです(できます)」などの基礎的な構文、「what」「who」を使った疑問形の作り方を紹介。料理の注文や道案内といった身近な場面を多用し、児童がたくさん話す機会を設けた。音声を聞いて、内容と合うイラストを選ぶなどリスニングの項目も多い。「can」という「助動詞」や「動詞の過去形」も導入されている。

各社にほぼ共通した修正項目の指摘は、発音やアクセントに関する説明が足りないというものだった。各社は「文のどこが強く読まれるかな」といった注釈を加えたり、発音に焦点を当てたコラムページを設けたりする修正を施した。他方、「Nは舌の先を上の歯ぐきに付ける」など、発音の仕方の細かな説明は「児童が理解しがたい」として削除に。出版社側は「きちんと説明すれば理解を深めると考えたが、逆にこれを見て英語嫌いになる子がいると判断されたのだろう」と推し量る。

また、「しかし」を意味する「but」などの接続詞が小学校で指導対象外とされているため、教科書の例文は接続詞を使わないシンプルな文章に修正された。

児童の使いやすさを目指した工夫も随所に見られた。「習ったことを子どもが自分で繰り返しやるのが重要」(出版社)として、QRコードなどを印刷し、音声や動画を視聴できるようにした教科書が目立った。 

著者は、この最後の「QRコードなどを印刷し、音声や動画を視聴できるようにした教科書が目立った」点を高く評価します。これによってかなり多くの先生の発音下手を補うことができるからです。先生も事前に練習できますし、そのまま授業で活用する手もあると思います。生徒は極めて若いので英語の音の真似も不自由しないハズです(生徒がバイリンガルになれる分岐点は12歳までだと言われています)。英語の音が聞けるようになれば、英語の発音もできるようになります。この点は先生方に是非知っておいて欲しい点です。小学校の先生方の多くは英語が苦手だとの報道に接していますが、子供たちの未来の可能性につながる重要な時期ですので是非頑張って欲しいと思います。

英語―徒然なるままに(33)

「some + 可算名詞の単数形」

私たちの多くは「some」は「(数について)いくつかの」「(量について)いくらかの」の意だと思っていますので「some + 可算名詞の単数形」の形に出会うと一瞬戸惑うと思います。しかし「some」のコアとなるイメージである「不定の漠然とした数・量を表す」を思い出すと、この場合「可算名詞の単数形」ですので「数」「量」を問題にしていないことが分かります。「some」の語源は古英語の「sum」で「1つの、ある、少しの、およそ」の意でした。「some + 可算名詞の単数形」の場合には、この「1つの、ある」の意になります。「a/an」とほとんど同じで人・物・事について詳しいことを知らない場合に用い、しばしば無関心さを暗示する(ジーニアス英和大辞典)。

いくつかの例文で見てみましょう。
There must be some mistake.(Google 翻訳では「間違いがあるハズです」。「a」ですと「絶対間違っています」)
He’s in some kind of trouble.(Google 翻訳では「何らかの」。「a」ですと「ある種の」)
著者の感覚では「a」は「数えられる」⇒「形がハッキリしている」イメージに対して「some」は「形がハッキリしていない」イメージです。

She won a competition in some newspaper or other.
I’ll see you again some time, I’m sure.
Some man at the gate is looking at you.
Some lucky guy in the world won her love.
I saw it on some TV program.
She is from some village in Peru.
The train didn’t start as scheduled for some reason.
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