下宿代を含めて1ヶ月300ドルで暮らさなければならなかった著者は、ニューヨークでの交通手段は専ら「バス」と「地下鉄」であった。当時のニューヨークの地下鉄の駅は暗く、落書(graffiti)が到るところに書かれ、夜の電車内は警官が2人1組で、むき出しの拳銃を腰に下げて、パトロールしていた。無事下宿に戻ったときは、正直なところ、毎回ホッとしたものだ。

殺人事件も数が多すぎて、新聞の片隅にチョット掲載される程度だった。

地下鉄のホームで電車を待つ間は、他の人から離れて空手の真似をした。下宿のおばあさんから「ニューヨーク人は、日本人は皆空手(karate。発音は「カラーテ)をやると思っている」と聞いていたので、これを利用させてもらったものである。この為かどうかは分からないが、誰も近づいて来なかった。

著者の帰国後の1970年以降、ニューヨークでは犯罪が急激に増加。1990年には年間の殺人事件数は史上最多の2245件を記録。アメリカ最大の犯罪都市になってしまった。ところが、驚くべきことにその後、殺人事件数が減り始め、1998年には633件まで急激に減少。凶悪事件の総数も半分に減少(ネットで拾った情報→2003年時点)。

ニューヨークの凶悪犯罪が減少した背景には、ネットで拾った「落書きを徹底的に消し、軽犯罪を徹底的に取り締まったことが関係している」という説と「ジュリアーニ市長(1994年就任)が銃には銃を以って制した(分かり易く言えば、マフィアを利用)」という俗説とがある。後者はアメリカで生活していた日本人から聞いた話である。

前者の説は、「ブロークン・ウィンドウズ」理論。これは、割れた窓を放置していると、人の目が及ばない場所であると受け取られ、小さな犯罪を誘いやすく、それがエスカレートしていずれ大きな犯罪につながるという理論である。

この理論の元となったのは、スタンフォード大学の心理学者、フィリップ・ジンバルド教授によって1969年に行なわれた、カリフォルニア州の住宅街に乗用車を放置するという実験である。まず教授は、ナンバープレートを取り外し、ボンネットを開けたままにしたが、1週間は変化がなかったので、フロントガラスを壊してみた。すると、すぐにバッテリーを持ち去られるなど、多くの部品が次々と盗まれてしまった。1週間後には、落書きが書かれ、ほとんどの窓ガラスが割られるなど、車は完全に破壊されてしまった。

「自分だけではない」という意識から罪悪感が薄れ、結果的に乗用車の破壊という大きな被害を引き起こしたと考えられるという。日本流に言えば「皆で渡れば怖くない」である。

話を今に引き戻す。
最近サンフランシスコに出張した方から「街が汚くなり、物乞いが多くなった。行かない方がいい」という話を聞いた。アメリカの最近の急激な不況と関係があるのではないかと感じた。1968−1969年に著者がアメリカ滞在中に経験したことと同じことが起きつつあるのかも知れない。街は汚いし、バーがある付近ではアル中の物乞いがたむろしていた記憶がある(ビール1杯分のお金が貯まったら、バーに直行していた)。

数年前に訪れたセブ島では、貧富の差が大きく、犯罪も多い。何重にも鍵をかけ、単独では外に出ない、金持ちは銃を手にした「私兵」を雇い銃で命と財産を守っていた。

日本でも犯罪が増加している感じがする。著者が住んでいる地域でも治安は確実に悪くなっているみたいだ。10年先の日本の姿を思い描いてみると、起こって欲しくはないが、ある朝起きてみたら、鍵がかからない自分の駐車場に誰かが寝ているということも十分考えられる。猫は今でも黙って陽だまりのある車のところで寝ている。