「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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日常のこと

レディース&ジェントルマン、NY地下鉄で禁止

読売新聞によれば,
『米ニューヨーク交通公社(MTA)は、ニューヨーク市内などで運行している地下鉄やバスなどの乗務員が、アナウンスの際に乗客に呼びかける「レディース・アンド・ジェントルメン(Ladies and gentlemen)」という言葉の使用を禁止したと明らかにした。

 同性愛や性同一性障害など、性的少数者への配慮とみられる。

 MTAは、読売新聞の取材に「乗客とのコミュニケーションを根本的に改める取り組みとして行った」と回答した。乗務員は代わりに、「Everyone(皆さん)」や「Passengers(乗客の皆さん)」などと呼びかけている。

 MTAは過去に録音したアナウンスを流している車両でも、早急に内容を変更するという。』

著者は、この記事を読んだとき「Why?」と思いました。1968年にニューヨーク市内に滞在していました。そのため、この「Ladies and gentlemen」は毎日耳にしましたが「差別用語」だという議論はありませんでした。当時「ウーマン・リブ(英語: Women's Liberation)」華やかなりし頃で、とにかく男と女を区別するものはダメということで「スチューワーデス」は「フライトアテンダント」に変りました。男どもは「manholeは何といえばよいのか」などと女性のいないところで言っていました。今では「utility hole」「personhole」「maintenance hatch」などの言葉があるようです。

今回は、同性愛や性同一性障害など、性的少数者への配慮ということで納得。人間なかなか他人の弱みには気がつきにくいものだと実感させられました。

なお「gentlemen」が「ジェントルマン」「ジェントルメン」の両方で表記されていますが、発音的には前者の方が英語の発音に近いです。「men」は1音節の単語で強勢が置かれるので「メン」ですが、「gentlemen」は3音節で「men」には強勢が置かれませんので「gentleman」も「gentlemen」も同じ発音です。

(注)
ウーマン・リブ(英語: Women's Liberation)とは、1960年代後半にアメリカ合衆国で起こり、その後世界的に広がった女性解放運動のことをいう。
この運動の発端となったアメリカでは、ベトナム反戦運動や公民権運動に連動する形で、性による役割分担に不満を持った高学歴主婦や女子学生を中心に「男女は社会的には対等・平等であって、生まれつきの肌の色や性別による差別や区別の壁を取り払うべきだ」という考えのもとで開始された。

帰国子女の親たち

塩野七生さんが「再び男たちへ」の中で『帰国子女には外国と外国人を理解できた子とできなかった子の二種がいる。そして、その原因は親にある』と書いています。

「子どもは親の背中を見て育つ」とも言われていますので、多分塩野さんの指摘は正しいのでしょう。

著者は2人の帰国子女の親である。

1人は男で、某放送局でテレビの報道番組を担当している。日本の学歴は小学校卒。入社以来英語とは全く関係のない仕事をしている。入社したての頃、京都で極めて大きな国際会議があり国際会議の取材を巡り国際会議の事務局と折衝をしたところ、日本側の窓口になって欲しいと会社に申し入れがあり、自分の仕事はしなくて会議の最後まで待機させられ、同僚から「暇でいいな」とうらやましがられたとのこと。英語の出来る人は他に何人もいた訳だから、多分、彼が「外国と外国人を理解できた子」だったからだろうと推察している。

もう1人は女で、学校卒業後はカトリックの宣教師をしている。所属する会は「共同生活」をしているが、日本人は彼女だけである。フィリピン、アルゼンチン滞在が長いが職務を全うしているようである(前者は英語、後者はアルゼンチンのスペイン語)。塩野さんの「外国と外国人を理解する」ということが具体的に何を意味するかよく分からないが、多分彼女みたいなのを「外国と外国人を理解できた子」というのだろう。

塩野さんの論理に従えば我々夫婦も「外国と外国人を理解していた」ということになる。塩野さんは「外国と外国人を理解するということと外国語能力とは関係ない」とも書いています。著者自身について言えば「外国と外国人を理解していたかどうか」は正直分からない。著者はアメリカに3回住んだが「英語に興味を持ち、英語習得に努めた」「プライベートの生活では出来るだけ日本人とは付き合わないようにした」「日本を向いて仕事しない」「車はアメ車」「(性格的に)outspoken」「(性格的に)他人の目を気にしない」等位しか自分の特徴は思い浮かばない。こういう親に海外で育てられると子どもは「外国と外国人を理解できた子」に育つのだろうか。著者には子どもたちの個人差の方が大きいように思えるが。

英語の機械翻訳の実力は「TOEIC 800 レベル」

先日本ブログで、機械翻訳が「完璧」とは言えないが、十分に「実用的」であると書きましたが、昨日の日経夕刊に大きく『実際に「英語通訳機械」が売り出され、その実力は「TOEIC 800 レベル」』と報じられていました。著者の眼識の高さを裏付けました(笑)。

このレベルがどの位置にあり、何が出来るかの目安は次の通りです。なお、以下の基準は人間を相手にしていますので個別の「発音」も加味していますが、これは機械ですので個人差はありません。「Google 翻訳」の発音と同じとすれば「発音」は「全く問題ない」です。

TOEICスコア(最低10点から最高980点で評価)
• Eランク:~215点
単純な会話をゆっくり話してもらっても、部分的にしか理解できない。断片的に単語を並べる程度で、実質的な意思疎通の役には立たない。
• Dランク:220~465点
ゆっくり話してもらうか、繰り返しや言い換えをしてもらえば、簡単な会話は理解できる。身近な話題であれば応答も可能である。語彙・文法・構文ともに不十分なところは多いが、相手がNon-Nativeに特別な配慮をしてくれる場合には、意思疎通をはかることができる。
• Cランク:470~725点
通常会話であれば、要点を理解し、応答にも支障はない。複雑な場面における的確な対応や意思疎通になると、巧拙の差が見られる。基本的な文法・構文は身についており、表現力の不足はあっても、ともかく自己の意思を伝える語彙を備えている。
• Bランク:730~855点
通常会話は完全に理解でき、応答もはやい。話題が特定分野にわたっても、対応できる力を持っている。業務上も大きな支障はない。正確さと流暢さに個人差があり、文法・構文上の誤りが見受けられる場合もあるが、意思疎通を妨げるほどではない。
• Aランク:860点〜
自己の経験の範囲内では、専門外の分野の話題に対しても十分な理解とふさわしい表現ができる。Native Speakerの域には一歩隔たりがあるとはいえ、語彙・文法・構文のいずれをも正確に把握し、流暢に駆使する力を持っている。

英語ができなければ国が危い

古い書類を整理していたら「平成9年6月8日」の日経の社説の切り抜きが出てきた。

「使える英語、役に立つ英語を身につけたい」。これは日本人の国民的願望といっても過言ではない。しかしもはや願望だけではすまなくなりつつある。グローバル化する世界で国の将来が国民の英語能力に左右されるかもしれないのだ。」で始まって「失われるチャンスの大きさ」を説き、「目的意識を明確にせよ」と述べています。

今は「平成29年」ですから、この記事から20年が経ちました。この間の日本の世界における「地位」は定義にもよりますが、下降気味であることは間違いないようです。英語力も相変わらずのようです。

しかし、この20年間のAI(artificial intelligence)の発達は目覚ましいものがあり、将棋も囲碁も人間はコンピューターに勝てなくなりました。言語間の翻訳能力も格段に進歩し、東京オリンピックの頃にはスマホで各国語間の通訳ができ、会話出来るようになるとの報道もあります。無料で使える「Google 翻訳」で上記の日本語を英語に翻訳してみると下記の通りです。「完璧」とは言えないかもしれませんが、十分に「実用的」です。なお且つ、英語の発音は「完璧」です。著者はコンピューターの音声認識機能がどのレベルにあるのかを知りませんが、東京オリンピックの頃には十分に「実用的」レベルに到達しているものと思われます。ザックリ言えば、スマホを持っていれば各国語の個人通訳を雇っているのと同じになるということです。学校の外国語教育も、我々個人も、外国語習得に関しては「目的意識を明確にする」ことが求められているようです。

"I want to acquire useful English, helpful English." It is no exaggeration to say that this is a national desire of the Japanese. But aspiration is no longer going to be sorry. In the globalizing world, the future of the country may be influenced by the English ability of the people.

大学入試に英語民間試験 合否判定には適さず

野口裕之 名古屋大学名誉教授が10月9日の日経朝刊に下記の趣旨のことを書いておられる。   

『大学入試改革で英語の4技能(聞く・話す・読む・書く)を測るために民間試験の利用が検討されているが、異なる試験の結果を比べても合否の判断資料には使えない。
各試験団体のテストは目的も異なれば、テストの仕様もことなる。英語のどの能力を何のために測定するのかが、試験によって異なる。そこで文科省は、複数の試験の測定結果を相互に対応付ける「CEFRの能力レベル対応表」を公開しているが、この「CEFR」は「テスト間の得点の対応関係」は保証していない。従って合否判定には利用できない

そもそも「読む」「聞く」「書く」「話す」の4技能のバランスが大切なことは確かだが、大学入試で4技能全てを問う必要があるのか、もっと議論すべきではないか。

どうしても英語の4技能が必要ならば、民間の知恵や技術も導入しながら大学入試センターが新テストを開発すべきだ』

日本人はストイックなまでに「入試」に「公平性」を求めているように思えるので「公平性」という面では野口名古屋大学名誉教授が言われるように「大学入試に英語民間試験 合否判定には適さず」だと思う。

これとは別に、著者にとって青天の霹靂(a bolt out of the blue)だったのは、文科省の14年度調査で、この「CEFR(A1=学習を始めたばかりの者・初心者からC1=母語話者と遜色のない熟練者の6段階評価)」で評価すると、全国から無作為抽出した国公立高校の3年生約7万人の英語力は、日本人が得意なハズの「読むこと」でB2=0.2%、B1(英検2級レベル)=2.0%、A2=25.1%、A1=72.7%だった。「聞く」「話す」「書く」はさらに低い水準にとどまる(⇒中学・高校6年英語をやっても、ほとんどの生徒が英検2級レベルのことが出来ないという意味で、英検2級を持っている生徒は多いハズなのでこのギャップには驚いた)。AIの急速な進歩によって東京オリンピックの頃には、スマホで各国の言語を自由に、瞬時に翻訳し、しゃべってくれるようになるらしいので、「実用的な英語」「費用対効果」という観点からすれば、従来の学校の英語教育はパラダイム・シフトをすべきだ。先ず従来の英語を必須科目にするのはやめて、若い時にやらないと大人になってはかなり難しい「英語の音を聞きわける耳」作りのみ必須とするのも一案。英語をやりたい生徒は自習なり、塾・スクールに行けばよい。
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