「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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コラム

We are all equal in the eyes of God.(神の目には、私たちはみな平等である)

アメリカの憲法には「All men are created equal.」と書いてあります。

日本国憲法第14条にも「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と書いてあります。

確かに、アメリカでも日本でも大統領や首相の息子が殺人を犯したならば、多分、等しく裁かれるでしょう。アメリカ人ならば誰でも大統領になることができますし、日本なら首相になれます。

しかし、現実にはアメリカも日本も「格差社会」というより「階級社会」になりつつあるのではないかという感じを持っています。自由主義・資本主義社会の宿命なのかも知れません。

そんな中にあって「We are all equal in the eyes of God.(神の目には、私たちはみな平等である)」という言葉は人の心を強く引き付けるものがあります。中国では一党独裁下、キリスト教は政府の管理下にありますが、所謂「地下教会」が広がり信者の数も増えているようです。彼の国では、人々は「神」に救いを求めているのでしょうか。

It can be helped. (何とかなるさ)

It can’t be helped.が「仕方がない」の意味になることは、英語で受験をした人はほとんど覚えておられると思います。「It can’t be helped.」という発言を受けて「そんなことはないよ。何とかなるさ」と励ます言葉です。その意味で「Tomorrow is another day.」と一脈通じる発言です。「You can work it out.」と言って激励することもできます。

「仕方がない」は、理不尽な困難や悲劇に見舞われたり、避けられない事態に直面したりしたさいに、粛々とその状況を受け入れながら発する日本語の慣用句です。「農耕生活」が主であった日本人にとって、天災は現実的には避けられないものでしたので、このような表現が定着したのかも知れません。彼らは「天から与えられた試練」として受け止めたのでしょう。

一方「長い物には巻かれよ」という言葉がありますが、これは「何とかなる」ハズです。関西電力関係者の金品受領が問題になっていますが、「何とかなった(金品を返すこと)」ハズなのにやらなかった罪と言えるでしょう。

Sticks and stones may/can break my bones (but words/names will never hurt me.) (何を言われたってへっちゃらだい!)

子供が言葉でのいじめ(bullying)に会った時に言い返す言葉です。子供が親に「・・・から嫌なことを言われた」と泣きついてきた時などに、親が子供に言うこともあります。

こんな強い子になって欲しいと思いますが、現実的には当てはまらないことが多いように思います。

As the saying goes, “Sticks and stones may break my bones, but words will never hurt me.” But this isn't entirely true. Words can hurt us.(諺に『他人に嫌なことを言われても傷つく必要はない』とあるけれど、当てはまらないこともある。言葉が私達を傷つけることがある。)

「いじめ撲滅」は今なお叫ばれ続けていますが、減少してきているという話は聞いたことがありません。それだけ人間性とグループ性(山奥に1人で生活していたら「イジメ」はない)に根差した厄介な代物だと言えます。せめて毎日寝る前に自分の今日の言動を振り返る習慣をつけるようにすると少しは改善するかもしれません。

Mind your (own) business.(余計な干渉はするな)

private なことにあれこれ口出しされた時に言うやや乱暴な台詞です。

アメリカで1セント硬貨が始めて発行されたのは1787年(この年アメリカ合衆国憲法が制定されました)。コインの表には「We Are One.」。裏には「Mind Your Business.」という文字が刻まれていたそうです。「アメリカは統一国家であり、国民の心は1つ。しかし個人の権利は守られなければならない」の意でしょう。「Mind Your Business.」という言葉は、それだけアメリカという国の成り立ちと関係している背景があります。

現在の世界情勢はどうでしょうか。中国では、インターネットの発達で個人のプライバシーはほぼ自動的に把握できる状況にあり、その情報を使って「個人の格付け」が行われ、借金する場合の金利も変ってくるし、タクシーの運転手の格付けも個人情報を使って行われているとのこと。その結果タクシー運転手のマナーが向上したとか。

著者もインターネットで買い物をしていますが、閲覧履歴から著者が買いそうなものを毎日のようにリコメンドしてきます。時々「うるさい。放っておいてくれ」といいたいこともあります。privacy と引き換えに便利さを追求する世の中になっていくのでしょうか。

Tomorrow is another day. (明日はまた別の日)

「風と共に去りぬ」の最後のシーンでスカーレット・オハラが言うセリフです。あのシーンでスカーレットは、「そうよ、タラに帰りましょう。帰ってから、レットを取り戻す方法を考えましょう。」と言い 「After all, tomorrow is another day.」 で幕を閉じます。

日本では「明日は明日の風が吹く」と訳されていますが、少なくとも「風と共に去りぬ」のシーンには相応しくない訳です。もっと「前向きな」イメージのハズです。例えば「明日に希望を託して」。

アメリカ人にとって自分の未来は自分で変えるものという考え方は大方で受け入れられていると思います。ですから、人を励ます時にも、この台詞は使えます。
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