「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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コラム

受け身文から見えてくる主語の大切さ

著者は今「謎解きの英文法」(久野瞕・高見健一 くろしお出版)を読み返しています。その中でハッとさせられた指摘があります。

(a) Shakespeare wrote Hamlet.
(b) Hamlet was written by Shakespeare.

上記の(a)(b)は論理的な意味は同じです。しかし(a)は「Shakespeare」にスポットライトが当っています。一方(b)は「Hamlet」にスポットライトが当っています。即ち(a)はShakespeareを性格づける文であり、(b)はHamletを性格づける文だということです。

(a) I read Hamlet last night.
(b) Hamlet was read by me last night.
この (b) の文は文法的には「正しい」ですが、大抵の人は「違和感」があるハズです。何故でしょうか?

「Hamlet was」は「ハムレットはね」の日本語が対応します。「read by me last night」は「昨晩私によって読まれた」となり、Hamletを性格づけるにはあまりにも些細な情報だからでしょう。しかし「Hamlet was read even by Taro.」なら「あの本嫌いな太郎でさえ読んだ」のイメージを送ることになり「違和感」はありません。

このように「受け身文」は「話し手がその主語を性格づけるときに用いられます」。ですから文脈上「主語を性格づけるに十分でない場合」は、英語的には「受け身文」に出来ません。やはりコミュニケーションは「絵(イメージ)のやり取り」だということを再認識しました。

feelは進行形にできるか

日本人の一部に誤解されている「英文法」の1つに「状態動詞は進行形にできない」というものがあります。

結論的に言えば、進行形に出来ない動詞は1つもありません。

状態動詞の典型例である「like」でも、著者の辞書の1つを引くと「進行形は通例不可であるが、一時的な好き嫌い、好き嫌いの変化をいう場合は進行形は可」と書いてあり、例文として「I’m liking my neighbors more and more.(私はますます隣の人が気にいっている)」「He isn’t just liking his new job very much. (彼は今のところ新しい仕事があまり気に入っていない)」が挙げられています。

「進行形の意味」
進行形は、ある動作、出来事が、一定の時間内で進行、連続し、終了していないことを表す。(「謎解きの英文法」P8)
この定義に従えば「石油危機はいまだに自動車産業に深刻な影響を与えている」という日本語は「石油危機という出来事は、一定の時間内で進行、連続し、終了していない」ので「進行形にしなければなりません。「The oil crisis is still being felt very severely by the motor industry.」。

次は Kazuo Ishiguro の When We Were Orphans に出てくる「feel」が「進行形」で使われている例です。「私がその憤りを一定の時間内で感じ、まだ終了していなかったこと」を表しています。
I believe it was at this point I finally assented to his suggestion for the evening — an evening which, as I shall explain, was to prove far more significant than I could then have imagined — and showed him out without betraying in any part the resentment I was feeling at these last words of his.

Mary says that that honest man is a liar.

表題の英語を「素直に」日本語に置き直すと「メアリーは、あの正直な男は嘘つきだと言っている」となり、英文法的に正しくても意味をなさない英語であると思えます。

確かに「Mary says, “That honest man is a liar.”」は直接話法で、意味をなさない英語です。何故なら、あの男が正直であることを前提にしているのは他ならぬメアリーですので内容が矛盾するからです。

ところが「Mary says that that honest man is a liar.」は間接話法です。間接話法というのは第三者が客観的に物事を叙述するやり方です。「Mary says」と言うなり、書いているのは話者であり書き手です。

その場合「that honest man」という「前提」を置いているのは「メアリー」ではなく「第三者の話者であり書き手」です。従い、表題の英語をキチンとした日本語に置き直すと理屈の上では「メアリーは、あの世間では正直な男と言われている男(又は、話者は正直な男だと思っている男)は嘘つきだと言っている」ということになります。元カレとか別れた亭主に対しては、こういうこともあるかも知れませんね。

応用問題:
次を間接話法の文に書き直せ。「Mary says, “John, who is honest, never tells lies.」

正解:
Mary says that John, who she says is honest, never tells lies.
取り調べで身内の証言は採用されないことが分かります。

以上「謎解きの英文法」(久野瞕・高見健一 くろしお出版)を参考にしました。

「家」は「ハウス」か「ホーム」か?

「家」を英語で何と言うかと聞かれたら、大抵の人は「house」と答えると思います。

私の近所でも最近「家」がよく建てられています。「へーベルハウス」「ダイワハウス」等の看板もよく目にします。

ところが「パナホーム」もあります。

少し勉強をした人なら「home は家庭生活の中心となる場所で、house は建物のことを言う」ということを知っています。しかし辞書をよく読んでみると「しかし米ではhome をしばしば house の意に用いる」と書いてあります。

何故だろうとかねて思っていましたが、昨日ご紹介した「日本語の意味 英語の意味」(小島義郎 南雲堂)に「アメリカの不動産屋がhome の方が暖味があるということで頻繁に使いだした経緯がある」と出ていました。一理ある説明です。

「ケアハウス」「老人ホーム」のことをアメリカでは「nursing home」と言います。辞書によると英では「old people’s home」というようです。ここでは「house」は「冷たい感じ」がして相応しくない感じを与えます。

しかし「例外はあくまで例外」ですので、「home は家庭生活の中心となる場所で、house は建物のことを言う」という「原則」は守った方が安全だと思います。

「親孝行」は英語で何と言うか

著者は今「日本語の意味 英語の意味」(小島義郎 南雲堂 1988年第1刷)を読み返しています。

その中で『「親孝行」のように、日英の考え方の相違にもとづく意味の違いは英語学習者、あるいは日本語学習者にとって大きな困難となっている。それは具体物と違って抽象的な概念範疇の問題だからである。』という記述があります。

即ち「親孝行」に「該当する」英語はないということです。

しかし、著者の手元にある和英辞典には「filial piety」という訳語が載っています。「filial」は「子としての、子としてふさわしい」の意、「piety」は「(親・目上の人などに対する)敬愛」の意です。

1977年に出版された「日米口語辞典(朝日出版)」には『「filial piety」は決まり文句で、アメリカでは広く東洋的な考え方として知られている表現である。』『説明的に言えば moral obligation toward his parents となろう』『pietyはduty でもよい』と記されています。

推測するに、昔(小島先生が勉強された頃)は「filial piety」という語はなかったが、アメリカでは東洋研究が進み、「親孝行」という概念を理解しないことには東洋的な考え方は理解できない、ということで「造語」されたものと思います。

しかし小島先生が指摘された「日英の考え方の相違にもとづく意味の違い」の問題は今も我々外国語を学ぶ者にとって忘れてはならない視点です。
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