「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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日本人の間違えやすい英語―実際の授業から

日本人の間違えやすい英語―実際の授業から(23)

(23)「国境の長いトンネルを抜けると、雪国であった。」と「列車は、国境に横たわる長いトンネルを通り抜けて、雪国へと出てきた。」

これは川端康成の『雪国』の冒頭の場面で、後者はサイデンスッテカー氏による英訳を日本語にそのまま置きなおしたものです。

私も昔、勉強を兼ねて英語でも読みましたが面白くなかった記憶があります。川端康成の『雪国』の冒頭の場面は主観的・臨場的・体験的なのに対して、英訳は客観的です。ここまでくると言語間のどうしても乗り越えられない壁を感ぜざるを得ません。逆にサイデンスッテカー氏をもってしても、ここまでしか出来ないという妙な安心感もあります(英語を母語とする人々が氏の英訳から、どんな感じで受け取るのかは私には不明ですが、多分客観的な状況しか思い浮かばないものと思われます)。我々日本人は「客観的な絵が伝われば、それでよし」と割り切るべきでしょう。

日本人の間違えやすい英語―実際の授業から(22)

(22)「頑張らなくっちゃ」と「私は頑張るべきだ」

言語学者の池上嘉彦氏が次に紹介されているのが、この2つの対比で、氏は「日本語=自己・中心的(自己投入)」「英語=自己分裂(見る主体/見られる主体)」と説明されています。

面白半分に「頑張らなくっちゃ」「私は頑張らなくっちゃ」「私は頑張るべきだ」をネット上の無料の和→英の翻訳にかけてみたところ、順に「... working hard …[ranakucha]」「I am working hard …[ranakucha]」「I should work hard.」と出てきました。

このような日本語的な表現に対応する英語を探すことはかなり難しいものがあります。鳥瞰的に物事を見て(頭の中の絵を見て)表現をする訓練が我々日本人には必要だということを教えてくれる例です。

日本人の間違えやすい英語―実際の授業から(21)

(21−1)「ここはどこ?」と「私はどこにいるのか?」

前者をそのまま英語にすると “Where is here?” となってしまいますので、流石にこのように反応する生徒さんはいませんが、結局のところ黙ってしまうことが多いです。頭の中の絵(イメージ)を見れば「私」が一番目立つハズですので “Where am I?” が英語的な表現です。

(21−2)「ここには誰もいません」と「ここには私以外誰もいません」

英語は鳥瞰的に物事を見る傾向があります。その為自分をあたかも他人の如く客観的に見ることができます。しかし、前者を “There’s no one here.” と言ったとしても、論理的な矛盾はあるものの誤解を受けることはないものと考えます。

言語学者の池上嘉彦氏は、この特徴を「日本語=ゼロ化される主体」「英語=自己の他者化」と説明されております。私は「ここはどこ?」という表現は、「ここは」と先ず場を設定し、必要な情報である「どこ?」だけをくっつけたものと思います。その意味では寿司屋で「私はトロ」というのと似ていると思います。本質は日本語の表現に「主語」がないことだと思います。「ここには誰もいません」も、日頃日本語では主語を言わないので、絵(イメージ)の中で自分を強く意識しない結果であるとも説明できます。

日本人の間違えやすい英語―実際の授業から(20)

(20)「あなたはどうしてここにいるの?」と「何があなたをここにこさせたか?」

前者の表現に見られるように、日本語では通常「人間」が主語になりますが、英語では「無生物」が主語になることが結構あります。私は、これは「英語では何かが何かをしなければ何も始まらない」という物の考え方が根底にあるからではないかと思っています。

更に、英語は「主語を立てる言語(主語の義務化)」で、頭の中の絵(イメージ)で一番目立つものが主語になることも「無生物」が主語になることが結構あることと関係しているものと思います。例えば日本語で「地震で大混乱が起った」というような場合、頭の中の絵(イメージ)で「地震」が一番目立てば “The (earth)quake” が主語になります。そうすると「地震が大混乱を連れて来た」のイメージになりますので “The (earth)quake brought chaos.” のような所謂「擬人法」が採用されるでしょう。もし「大混乱」が一番目立てば「The chaos was caused by the (earth)quake.」のような表現になると思いますが、前者の方が日本語のニュアンスには近いと考えます。
「擬人法」:比喩の中でも特に、人でないものを人格化し、人に例える手法を擬人法といい、読み手に対し、例えられる「人でないもの」に対する親近感を抱かせる効果が生まれるといわれています。(木はわたしに向かって手を振った/風が私を優しく撫でた)
後者は「あなたがここにいるのは何かがあなたを来させた結果であるハズだ、その何かは何か」と動機を問う形を取っています。“What made you come here?” “What brought you here?” のような表現になるでしょう。前者をそのまま英語にして “Why are you here?” とすると「あなたはここにいるべきではない、それなのに何故ここにいるのか」というニュアンスで受け取られることもあり得ます。

実際の授業では、例えば「道路の脇に1台車が駐車していた」というような場合「車」が一番目立てば “A car was parked at the side of the road.” “There was a car parked at the side of the road.” と言うべきところを、日本語をそのまま英語に置き直して “A car parked at the side of the road.” と言ってしまう傾向があります。「自分」が一番目立てば “I saw a car parked at the side of the road.” のような表現になるでしょう。

日本人の間違えやすい英語―実際の授業から(19)

(19)「あなた」と「you」は同じか

日本の英語の検定教科書では「you」の訳語は「あなた」となっています。この「あなた」を広辞苑で調べると〔楙紊籠映擇任△訌蠎蠅魴匹辰道悗晃譟文什は敬意の度合いが減じている)夫婦間で妻が夫を呼ぶ語と出ています。

日本語の二人称は、相手との位置関係によって、かなりの言い分けを必要とし、対等以下の相手には「おまえ」「てめえ」等の二人称代名詞はあるものの、目上に対しては「あなた」も実際上は使えないので二人称代名詞は使えません。そのため「・・さん」「先生」「先輩」「部長、課長」等々相手の名前や地位の名称で呼ぶことになりますが、もちろん、これらは人称代名詞ではありません。しかも、もっとも多い言い方は、二人称主語を立てない言い方だそうです。一人称代名詞についても、もっとも多い言い方は、主語を立てない言い方です。日本語では「自分」「相手」を呼ぶ場合には時と場所を選んで言葉を選択する必要が出てきます。それを避けるために「主語」を省くのは自然の成り行きでしょう。

英語の「you」は基本的には、どのような場合でも人称代名詞として二人称に使われます。一人称代名詞の「I」も基本的には、どのような場合にでも使えます。

「主語」を省いて会話をする習慣のある日本人が、必ず主語を必要とする英語を操る場合には「誰が」「何が」「・・・する」の絵(イメージ)が十分描けない伏線がありますので、先ずこの習慣を身につける必要があります。この習慣が身につけば、「易しい英語」で「日本語で表現すれば難しいこと」を簡単にしゃべれるようになります。
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