「社会人のための英語回路構築トレーニング自習帖」著者のブログ

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英文法の「なぜ」

忘れな草

(36)忘れな草

「忘れな草」の花言葉は「私を忘れないで」「真実の友情」。

同名のドイツ映画がありましたが原題は「Vergiss Mein Nicht」。草の名前はドイツ語では「Vergissmeinnicht」、英語では「forget-me-not」。「nicht」は英語の「not」にあたる言葉です(vergessen = forget)。日本語でも同じ呼び方ですが、正確には「忘れるな草」とすべきですが、何故か「忘れな草」です。多分、こちらの方が音の響きがよいからだったと思います。

ゲルマン語系の言葉(例えばドイツ語)では、英語を除いて、否定文は動詞に否定語を加えるだけです。英語もかっては同じでした。
Ye know not ye ask.(新約聖書から。ye=you)

これが前回ご紹介した do/does/did が使われ始めるのに併せて、will not / can not 等と同じ語順に合わせるように動詞の前に持ってこられるようになったようです。

do/does/did が疑問文に使われるようになった経緯

(35)do/does/did が疑問文に使われるようになった経緯

ゲルマン語系の言葉(例えばドイツ語)では、英語を除いて、疑問文は主語と動詞の順番を入れ替えるだけです。例えば「He comes today.」にあたるドイツ語を疑問文にすると「Comes he today?」の形を取ります。同じゲルマン語系の英語も昔は主語と動詞を入れ替えて疑問文を作っていました。次は欽定訳聖書(1611年)の例です。
He saith unto him the third time, Simon, son of Jonas, lovest thou me?

「英語の歴史から考える 英文法の『なぜ』」(朝尾幸次郎 大修館書店)によると、「do は古英語では『・・・する』という動詞であるとともに『・・・させる』という意味を表す使役動詞でもありました」。ジーニアス英和大辞典によると「do の原義は『置く』」。コンサイス英英には「サンスクリット語の put、ギリシャ語の place が古英語 donと関係している」と出ています。いずれにしても、この使い方では「彼は彼らにやってこさせた」は、現代英語では「He did them come.」のように使っていたようです。確かに「do」が「put」や「place」のニュアンスを含んだ語であった事を知ると納得がいきます。

上記の本では「そこから意味上の主語(ここではthem ⇒著者注)をはずした He did come. という言い方が生まれました」と説明しています。最後の晩餐の場面の欽定訳聖書は次の通り。
And as they did eat, he said, Verily I say unto you, that one of you shall betray me.
ここでは「did eat」は強調ではなく「食べることを行った」の意です。現在の聖書の1つでは「During the meal Jesus said, “I tell you, one of you will betray me.」となっています。

「do/does/did」を使った疑問文と主語と動詞を入れ替えた疑問文がシェイクスピアの作品で両方使われているように、相当長い期間併用されたようです。言語変化というものは極めてゆっくり進むものである1つの例でしょう。

著者は、この疑問文の作り方を習った時は「一般動詞は、本当はその前にdo/does/did が隠れているのだが疑問文、否定文ではそれが表れる」と教えられました。分かりやすい説明ですが、上記で述べたような歴史まで踏まえたものだったかどうかは分かりません。

toなし不定詞の余り知られていない用法

(35)toなし不定詞の余り知られていない用法

「助動詞の直後に」「知覚動詞と共に」「使役動詞と共に」「toなし不定詞(形は動詞の原形)」が使われることは広く知られています。それ以外に「toなし不定詞(形は動詞の原形)」が使われる例を列挙します。

“You had better start at once,”he said.(had betterを助動詞の1種とみなすこともできます)

He helped us (to) push it.(toはあってもなくてもよい)

I want you to stand beside me and hold the torch. (2つの不定詞が and で結ばれるときは、通例2番目の不定詞の to は省略される)

There’s nothing to do but wait. (but と except が do + anything/nothing/everything の後に続くときは、toなし不定詞を取る)

All we can do is (to) write to him.(the only thing / all we can do などに続く be動詞の補語になる不定詞の to はあってもなくてもよい)

以上何れも元祖不定詞である「動詞の原形」は「・・・すること」という名詞の意味を持っていたことを今も引きずっていることが分かります。

次は最近アメリカ人の家族を我が家に招いた時にもらったメールです。上で述べたことの延長線上に捉えることができます。
We are en route. Forgive us is we are not looking our best b cause we have been sightseeing and didn’t have a chance to go freshen up. See you soon!
「Forgive us is」は我々が学ぶ英文法から外れていますが、小さい頃アメリカで育った娘に見せたところ違和感がありませんでした。日常会話ではこのような表現も十分赦されているものと推察できます。この方式なら「I want you to go to the supermarket.」という日本人が苦労する表現も「I want is you go to the supermarket.」でOKのハズですので随分楽になります。著者としては決してお勧めはしませんが、黙っているよりは much betterです。

この家族に、前にご紹介した人類として始めて月面に立ったニール・アームストロング船長の有名な(そして文法的には誤った)セリフである
That's one small step for man, (a man が正しい)
one giant leap for mankind.
について質問してみたところ、冠詞のつけ忘れは頻繁ではないが彼らも時として忘れることがあると言っていました。著者は、冠詞のあり・なしは英語の話者は決してやらないミスだと思っていましたので新鮮な発見でした。

なぜ不定詞と呼ぶか

(34)なぜ不定詞と呼ぶか

我々は「不定詞」とは「to +動詞の原形」だと理解しています。I heard the children sing.のように「知覚動詞+目的語+動詞の原形」の場合は「toなし不定詞」と呼ばれます。

ウイッキペデイアでは「不定詞」について次のように説明しています。
『不定詞とは、動詞を起源とする、名詞、形容詞、副詞など他の品詞の働きをする準動詞の一種。活用せずに主語の人称、単数、複数などに「限定」されないことから不定詞という。現代の多くの言語で動詞の辞書の見出しの語形として使われる。』

昔は、今まで見てきたように、動詞は人称、単数、複数によって語尾が変化していました。それが「不定詞」は人称、単数、複数によって語尾が変化しないので「不定詞」と呼ばれるようになったのです。その意味で「will/shall」「can/may/must」等の後の、我々が動詞の原形と呼んでいるものも立派に「不定詞」です。

というか、歴史的にみれば、この動詞の原形こそが「不定詞」の元祖だったのです。例えば「will」の語源は「wyllan」で「・・・することを欲する」のイメージで動詞の原形には名詞の働きがあったことをうかがわせます。現在「不定詞」には名詞的用法、形容詞的用法、副詞的用法の3つがあると教えますが、上記のウイッキペデイアの説明に従えば、元々動詞の原形にはこのような働きがあったことを理解すれば分かりやすいですね。

動詞の原形こそが「不定詞」の元祖だったとすれば、なぜ「to」が付くようになったのでしょうか。

古英語では前述のように格変化しました。その語尾は主格・対格が「-an」与格は「-enne」でした。「wyllan」は不定詞の対格を目的語にとりました。そして不定詞は方向を表す前置詞「to(トー)」(現在のto)と共によく使われました。古英語では前置詞「to(トー)」は名詞・代名詞、そして不定詞の与格を従えました。古英語の聖書1例を現代英語に置き直すと「yet I have to you much to say」。この場合の「you」も「say」も与格です。「あなた方に言う方向に多くのことがある」⇒「あなたがたに言うべき多くのことがある」の意です。中期英語の時代に、名詞や動詞の屈折語尾が消えていき、語尾の「-an」「-enne」も消えていきましたが「to(トー)+不定詞の与格」はキチンとした形があり、生き残ったというのが実情で、今では単に「不定詞」と言えば「to +動詞の原形」だけになりました。

have toとhave been to

(33)have toとhave been to

<have to>
「have to」という表現も前回ご紹介した現在完了形の起源と同じ仕組みで誕生しました。I have a confession to make.のto makeがa confessionの前に移動したのです。即ちI have to make a confession.という形になったのです。ですからhave toの意味は「・・・しなければならない」ですが、根っこにある意味は「・・・すべき・・・を持っている」です。

When I have a decision to make, I have to make it now. ではI have a decision to makeは I have a brother と同じように「存在」を表しますが、後者ではその意味はありません。「have to」と「must」の違いを感じるにはよい例文です。

<have been to>
「・・・に行ったことがある」では「have been to」を使うと習いました。「have gone to」だと「行ってしまって今はいない」の意になってしまうとも教えられましたが、アメリカでは「経験」の意味で使われることもあります。

have been toの「to」は「方向」を表しますが(Turn to the right at the traffic signal.)英語の祖先にあたるドイツ語では「私は家にいます」は「Ich bin zu hause.」と場所を表すのにto にあたるzuを使っているように、to が場所を表すのに使われていた歴史があるようです。

このような歴史は歴史とし、「to」に出会ったら「そちらの方向を指さしている」イメージを持てば文脈から正しい絵が描けるハズです。
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